《MUMEI》
疑念
「いただきまーっす」

 ティアラはうきうきとパンにかぶりついた。

 こんなマトモな食事は久しぶりだ。

 最近はずっと野営だったので、食事は、ジークが狩ってきた獣を焼いたものだの、その辺の木から適当にもいだ果実をさっと水で洗ったものだの、料理と言うにはあまりに大雑把なものばかりだったのだ。

 夢中で煮物に取り掛かった時。前の席の男達が話し掛けてきた。

「嬢ちゃん、上品な食べ方だな。そっちの兄ちゃんと合わせて、お忍び旅行中の貴族令嬢とその護衛ってとこかい?」

 自分でも分からないので、ティアラはその質問を笑ってやり過ごす。

 が、次の男の言葉に呆然とする。

「そんなんだと嬢ちゃんも鍵と間違われちまうぜ」

「え……」

 とたん、ティアラの隣で食事をとっていたジークの気配がはっきりと硬化したが、気付く者はいない。

「ってーのも、そこら中の貴族の娘が何者かに襲われる事件が多発しているんだが、被害にあった娘の何人かが、犯人が会話の中で『鍵』っつーのを聞いたんだとよ。とは言っても、ここ二週間は何事もなく平和なんだがな」

「あー、そういえば、丁度二週間前にその『鍵』が現われたらしいぞ」

「お、それ俺も知ってる。場所は確か、樹海――」

 不意に、どんっ、という大きな音が辺りに響く。

 男達は理由も分からず、自分達に向けられた、ジークの怒りに言葉をなくしている。

 口をはさめず、ただただ男達の話を聞いていたティアラは驚き、隣でテーブルを思い切り叩いたジークを見上げた。

「ジーク――」

「部屋へ戻るぞ」

 せっぱ詰まったように言ったジークに引かれた腕が、少し痛かった。

 今まで目にしたことのないジークの表情は確かに恐かったが、それ以上にティアラには、彼は何かに怯え、むしろ恐がっているように見えた。

その表情が、『鍵』について、ティアラの胸に浮かんだ小さな疑念に拍車をかけた。


 ティアラの頭の中では、二週間前ジークに出会った樹海や腕にはまってどうしても取れない金の腕輪のことばかりが、くるくると取り留めもなく回っていた。

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