《MUMEI》

剣を捨て置きソレに持ち替えると
その行動まで予測していなかったらしいト―リスは僅かに驚愕した様な表情
何か言葉を発しようと口を開き掛けたが構う事はせず
鋏でト―リスの首を斬り付けていた
飛び散る血液、倒れ落ちる身体
大量の返り血を浴びたまま、動かなくなってしまったト―リスをアルベルトは見下し
暫くその場に立ち尽くしたままでいると
女王の震える手が、遠慮がちに触れてきた
意識を保っているのもやっとだろうに
そんな状況下にありながら、彼女はまるでアルベルトを労わるかの様にその頬へと触れてくる
ありがとう
そう吐息でしかなくなってしまっている声で呟いた女王の身体を抱き返しながら
アルベルトは首を横へと振って見せた
「……アルベルト、無事?」
どれ程の間そうしていたのか、背後から聞き馴染んだ声
向いて直れば、クラウスを引き連れたジゼルが其処に居た
返事代わりに手を振って見せれば、ジゼルがクラウスへと目配せ
軽く頭を下げると、クラウスは女王の身体を横抱きに抱え上げる
「クラウス?」
何をするつもりか、と訝しめば
「早急に手当てが必要だろう?お前は何とか自力で戻って来い」
その余りな扱い、だがアルベルトは異を唱えることはせず
今は女王さえ助かってくれれば、と
その身をクラウスへと一任することにした
主に伴われその場を後にする様を眺めながら
アルベルトも捨て置いた馬を探しに踵を返す
都合よく馬は早く見つかり、手綱を握るとアルベルトも帰路へ
その途中、道すがらに何かが落ちていることに気付き
アルベルトは馬を降り、それが何かを確認する
見てみればそれは割れてしまっている鉢植え
そしてその鉢植えに咲いていたのだろう紫のバラが姿を失いそこに散っていた
花びらへ触れようと手を伸ばせば
「……トーリス、何処?」
触れる寸前、何処からか聞こえてきた声
その声はどこから聞こえて来るのか、その声を追うてみればアルベルトの足元
そこに、名も知らない花がひっそりと咲いていた
懸命にトーリスを求める声に、アルベルトはその傍らへと片膝をつくと
宥めてやるかのように触れて触れてやる
花弁へと指先を触れさせた、次の瞬間
アルベルトの目の前に、人の影のような何かがゆらり現れる
その影は徐々に人の影を成すと、花へと視線を落としていた
『……やはり、こうなってしまった』
両の手で優しく花弁を掬ってやりながら、その影は唐突に泣き崩れる
一体何者か
分からず唯その様を見ているしか出来ずにいたアルベルトへ
その人影はアルベルトへと徐に手を差し出してきた
『……せめて、花として綺麗に咲かせてやってください。せめて、この子だけでも――』
言葉も途中にその姿は消えた
結局誰なのかわからずに顔を顰めるアルベルトへ
花の声が、その事実を囁いてくる
「……そうか。教えてくれて、ありがとな」
先の女性はトーリスを咲かせ育てた人物なのだとのそれに
女王に少しばかり似ているその顔に、トーリスの歪んだ感情を垣間見た気がして
落ちてしまっていた花。それは段々と形を失い、そして消えていった
その様を眺め見ながら、アルベルトはだが何の感情も抱くことが出来ず
これ以上ここにいても仕方がない、とアルベルトは帰路へと着いたのだった……

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