《MUMEI》

 「私の何がいけないのよ――!!」
騒音の元凶その一
二階 一号室  花宮 綾野
職業は夜の接客業
夜明けと共に帰宅し、帰るなり一日の愚痴を奇声として喚き始める
毎日の事とはいえ慣れる訳でもなく
その都度前野らが黙らせに行く羽目になっている
「今日も相変わらずだな。花宮さん」
声をかけたのは、村山
ひどく騒ぐ相手・花宮を目の前にしながらも普段通りに穏やかな笑みを浮かべて見せる
そこは流石だと感心しながら、前野はとりあえずその様を見守る
「今日はどうした?随分と荒れてる様だけど」
「荒れてなんてないわよ!私は唯悲しいの!」
「何か愚痴りたい事があれば聞くけど?」
そうする事で何とか落ち着けてやろうと試みてみるが
相当に気が立っているのか、花宮は一方的に言の葉を吐き出すばかりだ
「……毎回毎回よくも飽きねぇな」
それまで傍観を決め込んでいた前野がここに来て漸く口を開く
だがその言葉に労わりのそれはなく
花宮はそのまま泣きに膝を崩してしまっていた
「本気になっちゃダメだって、分かってる。でも、でも……」
じわり目尻に浮かんだ涙
その涙が頬を流れ落ちるまでにそう時間は掛らなかった
声を上げ泣き出してしまった花宮へ
前野は深々と溜息を吐くばかりだ
「……どうすりゃいいんだか」
まったくわからない、と肩を落としてしまう前野
それは村山も同様で
互いに顔を見合わせ、村山が苦笑を浮かべて見せれば
「……もう、二人に決めちゃおうかな」
腕を、しっかりと掴まれた
何故か嫌な予感しかせず、前野はつい逃げの体勢を取ってしまう
何を決めたというのか
正直な処、あまり聞きたくない
「けど、このままって訳にも行かないだろ」
聞いてみるだけならとの村山へ
「……阿保」
人が良すぎるにも程がある、と悪態をつく
こうなってしまっては村山は誰の意見も聞く事をしない
意外にも頑固な相方に、仕方なく付き合ってやるしかなかった
話してみろと、ぞんざいに手を振って促してやれば
花宮は唐突に前野と村山の腕をつかむ
「……一週間、お願い」
「は?」
「一週間でいいの!私の恋人になって!!」
突拍子のないことを言われ
前野は顔を引き攣らせ、村山は驚いたような表情だ
「……テメェ、ちゃんと眼覚めてるか?」
寝言は起きたままいううな、と差うような視線を向けてやれば
花宮も負けじと睨無用に前野を見上げてくる
「寝言じゃない!!冗談でもない!いいじゃない、偶には!」
一体、何がどう良いのか
もはや八つ当たりでしかないそれに呆れてモノも言えない
「決まり!さ、出かけましょ」
それまでの落ち込みぶりは何処へやら
俄かに元気を取り戻し、花宮は二人の腕を取り外へ
行き成りすぎる、と文句を言う暇も無いまま
人通りの多い休日の街中へと出向く羽目に
「……お前、もう少し昼っぽい恰好できねぇのか?」
流石は夜の接客業
昼間の街中を歩く際にも自信を飾ることを忘れることなく
若干のけばけばしさを醸し出している
「……そんなに、変?」
「自覚がねぇのか」
呆れた様に溜息を吐き前野は村山へと向いて直る
その視線が何を言わんとしているのか即悟った村山は苦笑を浮かべながら頷き
「なら、あそこの店入ろうか」
近くあった店を指さした
そこで花宮の身なりを昼にふさわしいそれへと変えてやろうという算段らしく
入るなり服をいろいろと見て回り始める
「これなんかどう?似合うと思うけど」
上下一着ずつ選んでやり花宮へと宛がってやれば
それが気に入ったのか、花宮の表情が綻んだ
「こんな可愛いの、久しぶりかも」
着てみてもいいか、との花宮へ
村山は笑みを絶やすことをしないまま、行っておいでと手を振って向ける
「……お前、顔攣ったりしねぇか?」
花宮の姿が試着室のカーテンの向こうへと消えたと同時
視線だけを僅かに向けてやりながら問うてみれば
村山は笑みを苦笑へと変えながら
「……まぁ、相手が花宮さんだからな」
「……そんなんでいいのか」
村山の、何となく筋が通っていそうでその実全く通っていないそれについ突っ込んでいた

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