《MUMEI》 どこかの道場と言ったおもむきの板の間の上に、あぐらを掻いて若者が座している。 その顔はまだ少年の面影を残した、現在より十歳は若いであろう虎ノ介のものだ。 現在の端整だが、どこかユーモラスな 雰囲気のある顔と比べて、剥き出しの 野性味と険相と言ってもよい表情がその顔に浮かんでいた。 今その顔の表情がともすれば緩−ゆる−み、眠た気に目蓋が垂れ下がりそうになる。 頭をカックンと前のめりに俯−うつむ−けかけては、ハッとして目を見開く。 眠気の原因は、虎ノ介の目の前を腰の後ろに手を組んで、行きつ戻りつしながら歩く白髪白髭の老人にあった。 ほとんど腰まで伸びた白髪と胸まで垂れた白髭・・・・作務衣をまとい、昔のカンフー映画に出てくるカンフーマスターか、仙人とでも言った 風貌のこの老人は、先程から延々と 何やら訓戒を垂れるように喋り続けている。 喋りながら斜め上の天井を見ている目が、時折ギロリと虎ノ介のほうを向く。 その度にうとうと舟を漕いでいる虎ノ介 が、はっとして居ずまいを正す。 それは訓戒などと言う説教じみたものではなかったが、すでに何百回と同じ話を聞かされた事のある虎ノ介にとって、この時間はいつも眠気と戦う拷問に等しい。 そんな虎ノ介の心中も知らぬげに、白髪の老人は語り続ける。 髪と髭の豊富さとは裏腹に、てっぺんは禿げあがり、血色良くピンク色に照り光っている。 「我がアラハバキ族の血は、とても古い。この島がまだ日本と呼ばれ、一つに統一されていた旧文明の頃よりもさらに遥かな昔・・・・、紀元四世紀頃に大和王権が成立する頃には、すでに東北の地に独立した国を築いていた・・・・。その成立は驚くなかれ、縄文時代にまで 遡−さかのぼ−る事が出来るほどだ・・・・」 虎ノ介が「はい、はい」と頷−うなづ−く振りをして、こっくりこっくり 舟を漕ぐ。 前へ |次へ |
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