《MUMEI》
桃花
アパートから歩いて五、六分のところにボロッボロのタバコ屋さんがある。タバコを買うときは大概ここだ。しかし店には入らず、
店の前の自販機を使う。理由はもちろん人付き合いが煩わしいからだ。タバコ一つ買うのに、わざわざ店に入って「こんにちは」からスタートして会話が始まると考えただけでイライラしてくる。だから私は絶対に店の中で買わずに自販機を使うのだ。しかし今日はタイミングが悪かった。私の吸いたいタバコが自販機で売り切れていたのだ。
「あちゃー。マジかよ」
しかし無いとなると余計に吸いたいというもの。しかたない。店の中に入って買うか。

「…こんにちわぁ」
店に入るとそこには長いガラスケースが二つ並んで置かれていた。その中には多分海外のであろうタバコや、高級そうな箱に入った葉巻が何種類も並んでいた。店の端にはボロボロの木のベンチが物寂しそうにポツンと置かれていて、そのベンチのすぐ隣の棚には、いくつもの写真立てが置かれていた。その棚自体にもプリクラがたくさん張られていた。
なんだこの店はと思っていると、座ると胸の高さになるくらいの木の机に、だるそうに肘をついて、もう片方の手で携帯をさわりながらこっちを睨んでいる姉さんがいた。
「…いらっしゃい、なに?」
はぁ?愛想悪過ぎ!第一印象はそれだ。次に携帯触りながらなんてありえねえとも思った。そしてすぐにこうも思った。二度と店の中ではタバコは買わん!と。
「ケントの6ミリ、ロングで一つ下さい」
「……」
返事くらいしろ!くそ!イライラするな!ああもう本当にめんどくさい!私は思わず感情にのまれて、お金を置く際にバンッと叩きつけるように置いてしまった。そのせいで硬貨が二枚落ちてしまった。
「あっ…」
そんな小さいことなのに私は涙目になってしまった。今日はずっとごちゃごちゃと頭の中で考えて、ずっとイライラしていた。自販機のタバコも売り切れていた。店の人もすごく無愛想で態度最悪。そして硬貨落下。普段なら気にしない、とても些細な出来事が、今日の私にしてみれば世界一の不幸な出来事として捉えられ、思わず涙目になってしまったのだ。

「あっ。すびばせん。グスッ」
あちゃー。私カッコ悪っ。すびばせんってなんだ。はあもうめんどくさい。落としてしまった硬貨を拾おうとしたそのとき、店の人が急に立ち上がった。そして私の正面に来て止まった。
「えっ?」
店の姉さんはとても優しく微笑んだ。今初めてちゃんと彼女の顔を見た。とても綺麗な女性だった。小さい顔に大きく力強い目、長いまつげに整った眉、それにセクシーな唇。髪は明るいブラウンのゆるいパーマ。なぜか前髪をちょんまげ結びで結んでピンッと立たせていた。古着のようなジャージ上下にタンクトップと明らかな寝間着だが、彼女が着るとワイルドで格好良く見えた。
一瞬見とれてしまった。同じ女でもドキッとしてしまった。見ると彼女はまだ微笑えんでいた。
「あっあの…」
私が話しかけようとしたそのとき、 彼女は私を優しく抱きしめた。そして投げ飛ばした。結構な力で私を放り投げたのだ。

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