《MUMEI》

 「……部長、これは?」
翌日、そのひの業務も通常通りこなし帰宅時
唐突に上司から何やら巨大な包みを手渡された
両手で持たなければならないほど巨大なそれの中身を聞いてみれば
「これを、麻帆に渡して欲しいんだ」
部長はその包みの中身がなにかを語ることはせず
それを豊田へと手渡すと、軽く会釈しその場を後に
結局、受け取ったそれをどうすることも出来ず
抱えたまま帰路へと着くことに
「……お帰りなさい」
帰宅すればすっかりソコにいることに慣れてしまった相手に出迎えられ
つい自然な流れでただいまを返していた
「夕食、もうすぐできますから」
台所に立ち何やら忙しく動くその様はまるで新妻のようで
そんな下らない事を考えてしまう自身の脳味噌に腹が立ってしまう
「どうか、したんですか?」
つい考え込んでしまった豊田へ、相手の顔が間近に迫ってきた
行き成りの事に、僅かに驚きつい身を引いてしまう
「……豊田、さん?」
高々名前を呼ばれただけだというのに
その声はひどく甘く豊田の耳に響いて聞こえる
「……飯は、後でいい」
こっちに来い、と豊田はソファへと身を寛げ
自身の膝の上へと相手の身を引き寄せていた
「……豊田さん?」
行き成りソレに僅かばかり動揺した様子で
不安気に豊田の顔を見上げてくる相手へ
何を言う事もせず、預かった包みを手渡してやった
「コレは……?」
巨大な包みに、これは何かと訝しむ相手
その中身に関しては豊田も何も分からず、開けてみろと促してやる
相手は分からないままゆるりその包みを開いてみた
出てきたのは、巨大すぎるテディベア
その大きなクマを見るなり、相手はそれを受け取ることはせず
そのまま床へと落ちていった
「……今更、こんなもの」
押し殺した声で呟き、豊田へと縋る様に抱き着く
一体どうしたというのか
理由が分かる筈もない豊田はそれを突き放すでもなく
唯、したいようにさせてやった
この少年の不安定さには理由がおそらくある
以前話そうとしたときは聞きそびれてしまったが
「……全部、吐き出せ」
聞いてやるからと話す事を促してやる
相手は豊田の胸元に顔を埋め、暫くそのまま
そしてゆるり話し始めた
このテディベアは自分のために昔母親が作ってくれたもの
その母親がもう亡くなってしまっている事
か細い声が淡々と語る
「……もう、一人は嫌です」
自分が居ていい場所が欲しい
凭れる事の出来る存在に傍に居て貰いたい
唯、少しばかり出生が複雑だというだけでその全てを失ってしまっているこの少年を
豊田は哀れだと感じてしまう
「……誰かが、欲しいです」
そう呟きながら、首に腕が回され
その手を拒むことはせず、やはり豊田はされるがままだ
「僕に、触れて下さい。あなたも」
抱き返すこともせず下に下がったままの豊田の腕
手を取ったかと思えば、頬へとすがるように宛がう
見上げてくる表情は相変わらず薄く
だがその無表情こそがこの少年の訴えなのだろうと豊田は察する
誰かが欲しい。その誰かが今、自分だというのなら
与えてやってもいいような気がしてきた
「……随分と誘いなれてんな」
「そんな事ないです」
「俺以外にも、こんな事やってたのか?」
「……やってません」
豊田にだけだと続けられた言葉
何故、自分だったのか
それを問うてみたい気もしたが今はそういう状況ではないらしかった
中々触れてこない豊田に焦れ、その身をソファへと押し倒し
腹をまたぐ様にその体勢を変える
「……あなたは、僕を見つけてくれた。だから、あなたならいいと思ったんです」
言い終わりと同時に重ねられた唇
触れてくる熱がこの先に何を望むのかを訴えている気がした
「――っ!?」
唯触れるだけの唇をこじ開け、舌で口内を貪り始めれば
相手は驚いたのか、身体を強張らせ豊田の身体を押し退けようと手で押しやる
自分から仕掛けた事だというのに
豊田は身を勢いよく起こすと相手を押し倒し返した
「……俺に、どうして欲しいか言ってみろ」
「ぁ……」
耳元で態と囁く様に問うてやれば、さらに身体を強張らせる相手
愛されることに、そして愛すことに慣れていない様に
見ていて、ひどく哀れだと思った
「わか、りません」

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫