《MUMEI》

「あの…カケル様?怒ってますか?…具合、悪いですか……?」


「どうしてだ?」


アイの問いは、尚も俺の耳には届かない。

今、俺の目の前で起こっている事実が本当だとしたら、それは時代を変える革新的なものになり得る。


「どうして、ハルの精霊を連れ出した?」


「……え…どうしてだ・って聞かれると、なんとなくっていうか…。挨拶された時に良い笑顔で、素敵だなって思ったら、体が勝手に動いたっていうか…。」

その言葉を聞いて、確かになった。


AIが、自分の意思を持った行動を起こした。


AI。それは人間に作成され、命令、指令によって生気を発する、従順なプログラム。

そのAIが、プレイヤーの傍にいる、という命令をプログラムされているにも関わらず、自分の意思の尊重をした。

これは重大な発見だ。

しかし、俺はそれ以上に、自分の精霊が`自我´を持った事に感動した。

「ご免なさい…。あの、珍しく頭の回線が回るの遅くて。命令違反ですよね。」

「いや、良くやった。」

そう言い、俺は目に溜まった涙を溢さないよう、器用に微笑み、アイの頭を柔らかく撫でた。

「…カケル様?」

全く状況がわからない様で、頭上に疑問符を浮かべる。それもそうだろう。先程まで怒っていた人物が急に涙目で、笑って褒めているのだから。

「お前はそうやって、ずっと自由にやりたい事をしててくれ。その方が、俺は嬉しい。」

まるで親の様な台詞だが、今の心情はまるでその通りだ。

一度も親になった事が無いのに、なんだか娘が出来た感覚が生まれた。

アイとずっと一緒にいたからだろうか。


これはゲームだと言うのに。


そう思いかけて、瞳を閉じる。

このゲームは、現時点で既に現実を凌駕している。

「「カケル…?」」

「カケル様?」

立て続けにハルとカナ、アイから名前を呼ばれ、寝起きに似た気分で瞬きを数回繰り返す。

「あ、あぁ。なんでもない。ちょっとボーッとしただけだよ。」

慌てたが、冷静にはぐらかす。説明する時間が勿体無かったからだ。
気が付けば空は茜色に染まってきてしまっている。クエスト《難攻不落》は夜限定の時間指定があるので、そろそろ武器屋を出ないといけない、という事だ。

「大丈夫ですか?具合悪いで…」

「アイのバーカ!」

「イタタタタタタ!イタイ!耳引っ張らないで下さい!」

AI同士がじゃれあっているが、この光景もかなり特殊だろう。同じプログラムをされ、違いと言えば性別位のものなのに、性格が形状され、違いが目に見える。

「あ、じゃあ少し待ってて。《怒号灰迅》持ってくるわ。ハルのレベルにあった剣も持ってくるね。」

そう言い残し、カナは武器屋の奥に行き、目の届かない場所へ姿を消した。

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