《MUMEI》

不思議な浮遊感に苛まれながらも、壁上に着いた。

「ギリギリ下まで降りられ無かったわね。多少ヒットポイントの消費は勘弁してね、カケル。間に合うかもしれないんだから。」

少し自慢気にも見える表情は地上を見据えている。

そこで、ハルが握っていた赤みがかった鳥の翼…《飛躍の翼》が粒子化し、消滅した。

その粒子が壁を伝うように風に乗り、空へ溶け込んだ。

そして、その様子を見て俺はある策を思い付いた。

「…カケル?どうしたの。下へ降りるわよ。」

「いや、その必要は無い。ハル、《飛躍の翼》もう一つ有るよな?」

「有るけど。」

「一つくれないか?」

思わず溢れる笑みを隠さずに、ハルに右手を伸ばした。

「いいけど…何に使うの?」

ハルはポーチから出した翼を素直に俺の右手にのせた。

「まあ、いいからいいから。俺の右腕に掴まってくれる?」

「?」

先程と真逆の状況。ハルが右腕をしっかりと握った事を確認し、俺は思い切り壁上を蹴り、体を空中に投げ出した。

「カケル…どうするの?」

その問いに笑みで応えると、俺は《飛躍の翼》に一層力を込めた。

瞬間、外壁を蹴り跳ばす。

「離すなよ。」

言うが早いか、俺とハルは地面と平行に飛躍した。

「この使い方も`飛躍´だろ?」

一瞬ハルは目を大きく開いたが、直ぐに閉じた。

「確かに…そうだけど。まさに臨機応変ね。」

呆れるハルに笑いかけ、時刻を確認する為に、陽の傾きを見た。


そして、絶句した。


「………。」

ハルも陽の傾きを見たようだ。漏れる吐息の音が聞こえた。

「…綺麗……。」

そこには、水平線に浮かぶ夕陽が在った。そして、その夕陽のなんと美麗な事か。所々に魔物のいる草原すらも、美しい橙で包み込んでいる。遠くの山々は、歓喜する様に燃え上がる。

「…ゲームとは思えないな、この世界は。」

「…そうね。少なくとも、私の現実よりは美しいわ。」

その言葉にハルの人生の重みを感じたが、涙腺をやられたようで、それ以上何も言えなくなった。

夕陽よりも遥かに早い速度で傾く自身の体を、着陸体制に入らせる。

まだ美しい夕陽の余韻に浸っていたいが、そうもいかない。

「カケル、もうすぐ地面よ。」

「わかってるって。」

ダダン!

二人続けて着陸成功。多少身なりを整えてから、歩きだす。右手の《飛躍の翼》は直ぐに粒子化した。

目の前には洞窟がある。

来るのは二度目。迷う事は無い。

「丁度の所に来れて良かったわね。」

「ああ。」

身を引き締め、《怒号灰迅》に力を込める。


《怒号灰迅》。俺の力をお前に預けるから、お前の力を俺の為に使ってくれ。


そう願いを込めて、更に歩く。

洞窟内に響く二つの足音に、俺は安心した。

躊躇せずに洞窟を進む。右、右、左。初めて来た時の記憶を辿り、俺達は進む。
魔物の居ない道を選び、進んだ。ボスに遭遇するまでにヒットポイントが減少することを恐れたからだ。

そして、十分としない頃。外の景色を拝む事に成功した。つまり、此処が山頂。

ハルから痛い程の緊張感が走る。

「「ぐるるおぉおおぉぉぁぁ!」」

重なる絶叫。背後に潜んでいた魔物二匹が俺達の目の前に姿を現した。

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