《MUMEI》

そう声に出すと、俺の足元に黄金の円状エフェクトが発生した。たちまちに俺の両足が綿の様に軽くなる。
受け止め続けていた鎌を弾き、敵の体勢を崩すため、更に足元へ近付く。

その時。地を蹴ると、今までとは比べ物にならない距離に到達した。

これはスキルというもので、どれかの職業に属しているプレイヤーなら、誰でも活用出来るものだ。闘いを繰り広げる上で、無くてはならない存在だ。むしろ、このスキルの上達の為のレベル上げとも言える。

本当にレベル上げをして良かった、そう思いつつ、まだ鎖鎌をたぐり寄せている牛頭の足首を出来るだけ勢い良く両断する。左足に力を入れ踏ん張り、空中に弧を描く様に二撃目を放つ。

そろそろ馴れてきた低い絶叫を受けながら、まだ持続しているレッグ・アシストを利用し、垂直に跳ぶ。

その飛脚力は、《飛躍の翼》と、さほど変わらないという強力なスキルだ。マジックポイントに余裕が無かった頃なら、一発でヘトヘトになる程だ。

「でかい図体しやがって。」

牛頭の目線と同じ位の高さに到達すると、その大きさが身に染みた。そして、耳元で悪口を叩いたからか、牛頭がこちらを向いた。

「終わりだぜ。」

「ぐるるおぁあ!」

牛頭の頭上に達した所で、降下が始まった。レッグ・アシストの飛脚の頂点なのだろう。それを確認すると同時に、俺は体の向きを牛頭の 真正面に、真上に《怒号灰迅》をセットした。

静かに口を開く。

「スキル発動。コード:ドゥーカス・ソード。」

その瞬間、俺の体は鉛の様に重くなり、急速に加速した。見事に刀は牛頭の頭上に急降下。多大なダメージが予想される。
牛頭は尚も反撃を試みるが、時既に遅し状態。

「うおぉあぁぁぁ!」

腹の底から雄叫びをあげながら、刀身は魔物を言葉通り両断した。むしろ俺がぐらつきそうな勢いだったので、只ひたすらに体の重心のバランス配りに集中した。

「ぐあ…ぁ…るぁ…。」

みるみる内に細く小さくなっていく絶叫を背中に受け、俺はスキルの完遂を待つ。目を閉じてその時を待っていると、急に体への抵抗が無くなり、妙な浮遊感が俺を襲った。異変に目を開くと、五メートルを無い位置に地面が見え、すかさず着地体勢に入る。

ダァン!

かなりの高度から落ちたのと、スキル:ドゥーカス・ソードで体重負荷が増量しているのとで、俺の足裏から放たれた衝撃は全身を巡った。

「ぅお…ヒットポイント減ったかな、今の。」

そんなことを言ってから、顔だけを後ろに振り向かせる。

未だ倒れていない二つの相対象の莫大な影が、満月に照らされている。それを確認してから向き直り、《怒号灰迅》を軽く弧状に一振りし、静かに鞘に収める。

パアァン

静かで聡明な音をたて、魔物は粒子化した。風向きからか、その粒子は俺を包む様にして空中へ溶け込む。その間、約十秒程だが、光の濃霧が俺の視界を遮る。

鮮やかで、美しい後様。

無臭の濃霧がスン、と一度鼻を抜け、また歩き出した。

やはりこの世界は厳密に現実と酷似している。しかし、その瞬間、それだけで俺の思考は終わらなかった。

だからこそ、というべきか。

ミリオンヘイムオンラインは、いつだって俺達の為に存在し続ける。そして――…なんとも鮮明なこの世界は、何よりもゲームとして此処に在る。

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