《MUMEI》 「気合よ、ハル。独りで勝てなくたって、大丈夫。今はカケルが居るでしょう?頑張るのよ、ハル。」 少し強めに両頬を平手で叩き、自分に暗示をかける。 大丈夫よ、ハル。私、今は独りじゃ無いの。 更に強く両頬を平手で叩き、精一杯加速する。一瞬カケルに目を向けると、彼は既に魔物の懐に飛び込んでいた。 「なんであんな事が出来るのよ…!」 内心でそう思いながら(口に出ているが)、自分が任された魔物を見る。独りで来た時は、こいつと主に闘っていたら、熱中して忘れていた牛に殺られたので、一匹ならなんとかなるかもしれない。そんな事を思い、自分に自信を付けてみる。ゲーム内だからといって、恐怖心が皆無、という訳では決して無い。 「ぐぎゅるるるおおごおぉぉ!」 この鳥の魔物…仮に鶏として、この鶏とは前回主に闘っただけあって、大体の攻撃パターンは熟知している言えよう。 「まずは円形竜巻が双方から。」 声を発した直後に、その通りの攻撃が私に向かって木々を巻き込み襲い来る。 まるで読み通りである。 これは避けようとすると逆に衝突する危険が高まるので、そのまま歩先は変えず直進。そうすれば勝手に二つが衝突し、消滅する筈だ。 問題は、その後。私は前回あの円形竜巻を避ける動きをしてしまったので、避けなかった場合の敵の動きが判らない。 早速戸惑い、意味も解らず疾走していると、鶏に動きが見えた。翼を大きく広げ、表面の羽が鈍く光沢を見せた。硬化している様に見える。しかし、この攻撃は、幸い前回と同じ動き。 「どうせ右から来るんでしょ。」 宣言通り右手から硬化した鋭い刃物が大量に振り下ろされる。そして私は丁度刃の通過点。迷う事は無かった。 右手に握った長剣、《洸雅の長剣》を見つめ、左手で柄を強く掴む。 「コウガ、行くわよ。」 言うが早いか、研ぎ澄ませた感覚を元に、勢い良く刀を引き抜き、刀身が露見する。かと思えば、寸前に迫り来ていた翼の衝撃と弾けたスパークで、見る事はすぐに不可能になった。 鋼鉄の翼道を疾風の如く駆け抜けた後、先程までの自分が嘘の様に感じた。翼が地面に刺さった事で発生した砂埃から顔を出す頃には、完璧なまでの戦闘態勢に入っていた。 「ぐぎゅるるるおおぉぉ!」 世界の音が遠退き、間近に居る鶏の声すら聞こえない。研ぎ澄ませた魔力を刀身に溜め込むイメージを抱きつつ、失速せずに鶏の中心目掛けて疾走。 が、鶏の瞳が怪しく光を放ち、半歩体を反転させる。 「?」 と、次の瞬間、つい今まで居た場所に何か液体が飛んできた。そして、その液体が触れた箇所が、たちまちに溶け、不気味な音を起てている。 見上げると、口を大きく開けた鶏が此方を危なげに見つめていた。 その格好から察するに、この少し薄黒い液体は、鶏の唾液だろう。出来れば絶対に当たりたく無い代物だ。 冷や汗を額に滲ませながら刀の存在を意識し、少し強く踏み出し、唾液溜まりを飛び越える。 そのままの勢いで鶏の懐に入る事に成功した。根っからの遠距離型の鶏は、きっと近くで素早く動く私は不得意だろう。 「悪いけど、走り回らせて頂戴ね。」 特に意味も無いが断りを入れてから、やや前傾体勢を心掛け調え、足を出来るだけ曲げ、跳び上がった。 狙い目の腹部に辿り着き、まずは左から右へ振り抜く。鶏の内部に刀身が食い込む感じを頭に焼き付け、続く二撃目を入れる。 「ぐぎゅるるるおおぉぉ!」 低い雄叫びを無視しつつ、羽毛に覆われた全く持って走り易い体を地面と平行という驚きの体勢で駆ける。 三撃目は迷惑な翼に、そう思い、翼まで一直線で向かい、激しく暴れる鶏に振り落とされ無いように翼に跳び掴まった、その瞬間。 「るるるおおおおおぉぉ!」 一層大きな絶叫を発した鶏は、両羽を大きく広げた。 「ちょっ…待って…!」 勿論待つ事など無く、鶏は広い空へ飛び立つ。地上は最早降りられる距離では無い。 人間対鳥の空中戦。 私が落ちればヒットポイントの激しい減少が期待されてしまう。 「…全力で、勝てるかな…?」 前へ |次へ |
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