《MUMEI》 一瞬途絶えかけた集中力を再び呼び起こし、未だ上昇を続ける鶏に振り落とされ無いよう、右手に一層力を込めた。 そして、剣を持った左手を離す。ここで右手を離せばヒットポイントが赤く染まり、クエスト失敗認定されるだろう。 しかし、今振り落とされても、それは同じ。ならば、まだ上昇を続けている内に、策を施さなければならない。 現在、宙に浮いている私は、剣を落とさぬ様、細心の注意を払いながら、風圧を受けて揺れている腰のポーチに探りを入れた。 そして見つけた。 「良かった、あった…。」 不意に安堵の息が漏れる。非常な危険を犯して手に入れた物は、アイテム《オープン・ラーニング》。無理矢理に和訳すれば、意味は広々と走り回る、だろうか。しかしそれだけではこのアイテムは表現しきれない。 このアイテムは、《飛躍の翼》とは比べ物にならない程のアイテムだ。しかし、何処でも手に入る、という訳では無い。クエストの報酬等で手に入れるか、わざわざ売っている都市に赴くか。値段は、アイテムとしてはかなり高価な千ジェル。 そしてその効果は、浮遊。 アイテムとしては異例の、魔力を使うタイプの物で、使い手の強さによって、その浮遊時間には大きな格差が見える。 私なら、もって十分が良い所。 既に五分は経過しているであろうこのタイミングで使うのは少々不本意だが、仕方あるまい。紺と碧のカプセル状の薬、《オープン・ラーニング》を口に含む。 「……ん…。」 無味無臭の固形物が喉を過ぎ、全身に行き渡る感覚が私を襲う。 ドクン…。 一瞬体が膨張した様な衝撃を受けると、私は躊躇わずに砦の右手を羽毛から離した。 必要が無くなった。 キイィィィィン 細かな振動音が虚空に響き渡る。その音源は、《オープン・ラーニング》だ。体に含ませる事で変化を遂げた《オープン・ラーニング》は、クリアな朱色の翼となって私の背後に現れた。 初めて使う為、小さく一回り。 異常な点は特に無い。 ふと気が付くと鶏の上昇によって発せられていた風圧は感じなくなっていた。という事は上昇が完了したのだろう。左手の剣…コウガをもう一度深く握り直し、頭上の魔物を見上げた。 生憎にも鶏も此方の様子を伺っている。 「私にだって羽くらい在るのよ、鶏さん。」 微笑を浮かべ、コウガを両手で握る。そして、右足で空を蹴り飛ばし、鶏の背後まで羽を使い接近する。 しかし、鶏はその風向きを変えた。 「…きゃ……!」 思わず両手で顔面を隠す。巨大な翼で風を起こされれば、私はそれに乗るしか術が無い。 十メートル程飛ばされたが、空で両足に力を入れ、耐え切る。が、その間に鶏は次のモーションに突入していた。両羽を大きく開けている。光沢を帯びた鋼鉄の群れは、既に此方を向いていた。 それを視界に映した私は、反動が終わると直ぐ様前方へ飛び出した。 例によって右側から迫り来る無数の刃を避ける為だ。風の抵抗を最小限に抑え、右を見た。 ―――…ギリギリ間に合いそうだ。 予想は的中。刃は私のすぐ後ろを掠めて行った。しかし振り返りはしない。気にも留めずに、辿り着いた鶏の右脇腹に素早く二撃、三撃。 まだまだこれからよ。 前へ |次へ |
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