《MUMEI》
2
「ばかばかばかー!!」
部屋には誰一人としていないが、思わず叫ばずにはいられなかった。
ベランダの柵で羽を休めていた雀達が驚きの囁きを残し、慌てた様子で澄み渡った青空へ羽を広げて飛び立ってしまった。

遠ざかっていく小さな雀の背を横目に、感情のままに携帯電話をベッドに叩きつけた。
携帯は柔らかいマットレスで2度バウンドし、目覚まし時計に接触した。
じゃらっ、とジョナサンが悲鳴をあげ、床に転げ落ちた。

「うぅ…」
思わず声が漏れたのと同時に、目の縁に雫が盛り上がっていく。
決して泣くまい、と唇を噛み締め勢い良く振り返る。

まずは着替えを。と考え、クローゼットに飛びつくなり引き開ける。

そこにはハンガーにかけられた濃緑のブレザータイプの制服がある。
ひきちぎるように取り出し、流れるように制服に着替える。

普段もこんなふうに素早く着替えたらなあと思う。朝は苦手だ。

着替えが終わるなり、小柄な体を生かし跳ねるようにテーブルに移動する。
そこにある折り畳み式の鏡があり、すぐさま展開させる。

そこには、寝癖と急いで着替えたせいか四方八方に跳ねまくるライトブラウンの髪、焦りと怒りで歪んだ自分の顔があった。
恨めしい顔で睨みつけると、近くにあった髪止めを引き寄せる。

髪に櫛を通す時間も惜しく、すぐ2つしばりに取りかかる。

適当に髪を2等分しながら、思考は先のことを考えていた。
今日の時間割は何だったか、一瞬でも無駄に出来ないと思考を巡らせていると、髪の片方を縛ることができた。

続いてもう片方にも取りかかろうとーーー


「っあ、」


ーーーしたところで突然、頭を駆け巡るように昼食の事がよぎった。
こんな非常事態にもかかわらず食べ物の事を思い出してしまう自分に呆れるどころか感心してしまう。
だが、その昼食も非常事態なのである。

いつもは毎朝簡単なお弁当を作っているのだが、今日はなにせ寝坊してしまっている。昨夜下ごしらえなるものをした覚えもない。
しかし今からお弁当を作ったら、それこそ昼食の時間になる。現在の時刻は8時8分。
でも何も持っていかなれば当たり前に昼食は抜きになってしまう。その事態だけは何とかしても避けたい。

頭で考えるよりも早く体が動いた。
はじかれるように立ち上がると、簡易台所を通り、ちんまりとした冷蔵庫を開ける。

中身はお世辞にもいいとは言えず、プリンなどのおやつ系に始まり、紙パックのりんごジュースが半数を占めており、生活感が感じられなかった。
そんな冷蔵庫の中を尻目に、先日作り置きしておいたゆで卵2個と、箱に入ったまま並べられたりんごジュースーーー箱買いしたものと思われるーーーを手に持つ。

顔をあげると壁かけ時計は既に10分を優に超えていた。

慌てて冷蔵庫を閉め、転がっていた「ジョナサン」率いるストラップ軍団についている携帯をひっつかみ、学校指定のスクールバックにゆで卵とりんごジュース共々を突っ込む。


誰に聞かせる意味もなく、無意識に「いってきます」と呟いてからびっくりする。


そうか、遅刻するのはあの日以来初めてーーー


その事に気付いてから、ちくりと郷愁にも似た痛みが、胸中に広がる。

その現実から目を逸らすように、踵を返した。

「いってきます、お母さん」

口から紡がれた呟きは、小さく震えていた。
それから靴をたどたどしく履くと、何とか家から出る事に成功した。

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