《MUMEI》

2日前

「お帰りなさいませ。ご主人様。」
店内に入ってきた眼鏡にチェックのシャツを着た二人組を“ご主人様”と呼び、接客する。
「此方のお席へどうぞ。ご主人様」
そして空いている席に案内し、座らせる。
「ご注文が決まったらお呼びください。」
そう言い翔なりの精一杯の笑顔を向ける。
今の翔のこの格好は滑稽すぎるだろう。
なんたって

女装しているのだから。

しかもメイドカフェで。
「お待たせしましたー!“メイドさんの愛情オムライス”です!」
客の目の前に、一般家庭で見受けられる何の変鉄のない、オムライスをおく。
「それではこのオムライスに魔法をかけますね♪」
そう言い、メイド姿の翔は血液を固めたようなケッチャプを片手に持ち、黄色いドレスを纏ったオムライスに奇妙な呪文と一緒にかけていく。
「もえもえ、きゅんきゅん♪おいしくなぁーれぇー♪」
謎だ。
「翔子ちゃん今日も可愛いねぇ。」
本気で謎だ。

魔法?をかけ終わった後、笑顔を保つのが面倒になった翔はシフトが終わったのでバックルームに入る。
「翔子ちゃんお疲れ様〜。」
先に休憩を取っていた、このメイドカフェ“after”の店長、古暮三沙がおっとりとした声で話しかけてくる。
「どう、もう慣れた?
「あ、はい。」

翔が雇われたのは1ヶ月前。
あんまり家計が豊かで無い高千卯家の家計を少しでも、支えるべくバイトを探していた所、時給900円という高額バイトを発見した。けれども女子限定という部分で肩を落としていた所 、店長に女装でバイトしないか。と言われ渋々承知して性別を隠し、バイトを始めた。

「ふふ、翔くんの女装可愛いから皆から人気よ。」
「うー、言わないでください!」
「はいはい、それじゃあお疲れ様!」
三沙は翔の頭をポンポンとしてお店に戻る。母親が小さい時に他界したせいで三沙のこういう行動は、翔にとっては新鮮だ。学校でもおもしろがってやる友達がいるが、三沙のとは全然違う。

翔は自分のロッカーを開けて、制服であるメイド服を脱ぎ私服に着替える。
メイド服を丁寧にハンガーにかけ終う。
そして、鞄を持ち店から出る。

外はもう漆黒に包まれており、息は吐くと白くなる。
「さみぃ……」
マフラーを巻いて帰ろうとしたその時
「翔子たん」
そう言い肩を捕まれた。
「ッ!!誰だ!?」
咄嗟に後ろを振り向く、そこにはハァハァ言いながら翔の肩を掴む、先程の客がいた。
「………何ですか?」
少し声のトーンを落とす。
けれどもその声が気に入ったのか二人は余計に翔に近付く。
「僕達ね、翔子たんの事が好きで好きでたまらないんだ……」
そう言い、翔を抱き寄せキスしようとする。
「ちょ、やめ!」
客なので暴力事件とかにすると、三沙さん達に迷惑がかかる。だから最低限の力で抵抗するが、相手の方が強く離せない。
「本気でやめ……」
近付く顔。絶対絶命なその時

「何やってんの?」

救世主の声だった。
それは、各務藍兎だった。
「あれ会長?」
うっ………。
「もしかすると俺邪魔?」
くそ、背に腹は変えられん。
「各務、何でも言うこと聞くから助けてっ!!」
瞬間、翔の体が藍兎の腕の中に移動する。
見ると客は顔面を藍兎に鷲掴みされていた。ギシギシとなる骨。その音を聞きながら藍兎は満面の笑みで告げる。
「この人、俺のものなんで手ぇださないでくれる?」
その笑みは酷く凍てついていて恐い。
「ぐびvfbksるうfg」
呻く客。
片割れは怖くなったのか腰を抜かしながらも走ってその場を去る。それを見て藍兎はそのまま手を離す。
ドサッ!
怠惰した体が重たい音をたてる。
そのまま、客は逃げ出した。

それを見送った後、藍兎は腕の中の俺をみて
「大丈夫、会長?」
と言ってきた。
「あ、ありがとう。」
「いいよべつに。それよりさっきの話し本当?」
さっきの………?
「うん。何でも言うこと聞くって。」
翔はうつむいた。
下手にここで聞かないとかいったら、大変な事になる。
そう思い、翔はこくりと頷く。
すると藍兎は顔を輝かせ耳元で囁く

「俺の犬になってよ」

と。

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