《MUMEI》
セカイの中心で不幸を叫ぶ
朝5時に来て、並んだ筈なんだ。

今話題沸騰中のケーキ屋“ミラージュ”。
中でも有名なのは“1日限定100個のショートケーキ”。口の中で溶けるような甘さ、スポンジはフォークで刺すだけで崩れてしまうような柔らかさ。ショートケーキの中心ともいえる苺は最高級の“紅王”を、ふんだんに使っている。
都市に住む女性のほとんどが、心奪われるショートケーキ。入院中の妹、光沙に買っていってやろう。と思い朝5時に並び、100番目になった。計算上は買える。

筈だった。

「ショートケーキ、残りの2つ下さる?」
前に並んでいた、けばけばしい叔母さんがそう言った。
「……すいませーん。お一人様お1つなんですが……。」
そう。このショートケーキは1人1つだ。
なのにこのババァ………。
「あんらー!!貴女の目は節穴なの?!」
そう言いクロコダイルの鞄から、1枚の写真を苦笑いする店員さんに突きつける。
其処には、ババァと………土佐犬が映っていた。
「この子は私の家族のベスですのよ?!」
まるで鬼のような剣幕。
それに恐れをなした店員さんが、俺の方を見てくる。
ふ、不幸だ。
俺はコクンと頷く。
まぁ、他のケーキでもいいか………。
そう思った時
「他のケーキも下さる?」
「待てや!ババァッ!!!!」
とうとう俺の清き繊細な血管が、ブチブチと音を立ててキレた。
「あらー、今日はお茶会なのよ?ケーキが無くてどうするの?」
「うるせー!!限定だけでなく、通常ケーキにまで手を出すなんて後ろに並んでいる人達が可哀想だろ?!」
「ふんッ!!!貧民なんかに食べさせるケーキなんてないわよ。」
そんな理不尽な言葉には、今まで黙っていた後ろの人達もキレた。
「んだとー!!」
「甘いもんばっか食ってかっら豚になんだよ!!」
「クソババァ!釘バットでなぐんぞ!?」
「なんですって?!」
罵詈雑言の嵐に、流石の店員さんも対応が出来ずにあたふたする。
一触即発の空気を作り出したのは、俺であるが…………どうしていいか分からない。

「ねぇ、此処で【上昇異能】がすごいんだけど……?」

微睡むようでけれど、何処か空気を裂くような声。
人々は声のした方に顔を向ける。
そこには、一人の少女が立っっていた。白い髪はウルフカットにされ、その頭の上に鎮座するミニハットに乗せられた色とりどりの眼球。
右目を覆う包帯は痛々しいが、彼女の蠱惑的な美しさを引き立てている。ファーのついた白のロングコートは着崩され、所々にチェーンが付いている。中は黒ベストにリボンタイのついたYシャツ、膝で折られたズボン、編み上げブーツ。何処か英国の貴族を思わせる格好の彼女はの回りの空気は妖しさを帯びている。

「喧嘩するのは構わないよ?けれどこの国の条文しらない?“精神の崩壊が人の終わり”ってね。」
眠いのか欠伸をする少女。
それとは反対にババァの顔つきが険しくなる。
「ッ!!!!貧民達のせいで……!!帰ってケアしなくちゃ!!」
ババァは、腹についた肉を揺らしながら踵を返して立ち去る。
この国の人間にとって、感情変化は天敵。ストレスなんてもってもほか。
少女は、軽やかな足取りで俺の方に近づく、そして、
「限定ケーキ1つにブルーベリーチョコタルト1つ。」
「………は、はい!!」
呆然とする店員さんに、眩しい位の笑顔を向ける。
純白の白さを誇る、幻のショートケーキとは真逆のブルーベリーチョコタルトが入った箱を受けとる少女。
「えぇっと、1980円になります。」
「…………………………………は?」
普通なら、この少女に向ける言葉なのだが何故か店員さんは、俺に精算を求めてきた。しかも値段が高すぎる!
「ご馳走さま。」
少女は、タルトに付けられたブルーベリーソースを指に絡め、妖艶な笑みで言った。
バットの【上昇異能】以上に俺の財布が、ケアを受けた方がいい。

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