《MUMEI》
4 昼休み
「あーあ!! 何で今日はこんなについてないのー」

ごろん、とレジャーシートの上に思いっきり寝転ぶ。
青い澄み渡った大空を独り占めするようにぐーっと両手を伸ばし、くたっと力を抜くとどっと疲れが吹き出す。

屋上は周りに物がないので、体を風が通り抜けるような感覚がとても心地よい。

しかし今日1日、本当にせわしなかった。
目覚まし時計は壊れるわ、寝坊はするわ遅刻はするわ、ゆで卵だと思っていたら生卵を持って来たり、更には見事に転び生卵を地面と自分の体でプレスしてしまうという、最早コントかと自分でツッコミたくなる。


おかげで制服は汚れたし、教科書もべちゃべちゃだし、膝も擦り傷だらけ。
その後も災難に見舞わた。

男子からは馬鹿馬鹿と笑われるし先生も遅刻についてまだ入学して1ヶ月うんたらかんたらの説教があり、課題を追加されたり授業中やたら分からない問題の時にだけさされた。
勿論の事、模範的な回答は一度もなかった。

「もう今日特別ついてないよぉ…カエリタイ」

今日の不幸を思い出しては、はぁ……と長いため息が漏れる。
ため息をつくと幸せが逃げるというが、すで逃げてしまっている。失うものはもうなにもナッシング。

「まだお昼休みだよ?」

自暴自棄になった私を気遣わしげに見る、隣の女の子。


「うぅ…私の今日のついてなさは人生初だよゆかりちゃん……」


彼女は科藍 ゆかりという腰まで届き、太陽の輝きを吸収してきらめく艶やかな黒髪。 
某有名曲のように太陽に手をかざしたら透けてしまいそうな白い肌。
その品のある物腰と、私以外には誰にも敬語で、現在もきちんと正座をしており、礼儀正しく、成績優秀でちょっとしたお金持ちのお嬢様である。

ゆかりちゃんとは、中学の時から仲が良く、高校はこんなレベルの低い学校に「奈子と一緒の高校がいいから」という理由で進学し、現在に至るわけだ。

「ええと、そういえば今日のかに座12位だったよ」
「うぇぇ、絶対今日また不幸が起きる。こういう嫌な予感は絶対あたる」
「自慢になってないから」

どうでもいい雑談をかわしながら、分けてもらったお弁当のサンドイッチ(←こういうところがお洒落である)を食べていると、


「あ、にゃんころ」
「げ」

声が聞こえ、上半身を起こすと数名のクラスメイトの男子がちょうど階段を上ってくる所だった。
一番前の男子は、視線がぶつかると露骨に嫌そうな表情する。

この屋上は常に開放されているので、お昼時にはたくさんの生徒が集まる人気スポットである。
なので知り合いに会う確率も高い。

しかし今は正直一番会いたくなかった。
またついてないなぁ、とこちらも表情をしかめる。

男子はつかつかと歩み寄って来て、見下すように粘った視線を送ってくるので、

「……何か用」
と一言いうと、面白い玩具を見つけたような顔をし、

「そういや今日何で遅刻したんだよ? やっぱ便所か?」
ニヤニヤを隠そうともせず、嫌みったらしく聞いてくる。

「……別に関係ないでしょ。さっさとどっか行って」


これ以上会話をしたくないので強引に話を打ち切る。
と男子は心底つまらさそうにしたあと、ちらりとゆかりちゃんを見たあとーー

ニヤリと片頬に下品な笑みを残して、他の男子共々階段を降りてった。

「なんなのあいつら。ごめんねゆかりちゃん、だいじょ……ぶ…」

愚痴りながら隣を振り向くと、語尾が驚愕のあまり、消え入るようになってしまった。


視線の先には、さっきとはまるで別人のようで、虚ろな目で膝の上に載せたお弁当箱の一点をじっと見つめながら、小さく、本当に小さく小刻みに震えていた。

口元は影になっていて見えないが、ブツブツと同じ言葉を繰り返し呟いていた。しかし何を呟いているのかは聞き取れなかった。

いつもは礼儀正しい現実とかけ離れた姿に背筋がぞくりして、記憶の中でああ、そうかと納得してしまう。



ゆかりちゃんは、昔ーーー


その結論に辿り着いたのと昼休み終了のチャイムが鳴ったのはほぼ同時であった。

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