《MUMEI》 9「杏!いたら返事しろ!」 こんな時に叫んでいる自分は、周りに変な目で見られている。 でも、今はそれどころではない。 いろんなところを探して回った。 思い当たる場所も探した。 でも、どこにもいないんだ。 あの明るい笑顔をした、あいつの姿が。 一人でいかにも女の子がつけてそうなポシェットを片手に、下を向いて歩いている。 恥ずかしすぎるだろうが、こんなドッキリやめて、さっさと出てきてくれよ…。 …立ち止った。 だって俺の真下には、 見覚えのある靴が片方、深紅の液体を絡ませて、落ちているんだから。 「嘘…だろ…?」 Uターンでくるりと回って引き返し、走り出した。 どんどん加速する。 どんどん走っていく。 あんなの、嘘に決まってる…! 杏の悪い悪戯に決まってるじゃないか…!! 見晴らしの良い、高台に付いた。 人が一人いなくなったことも知らないで、綺麗に輝き続けるビル共。 それが、1時間前では、とても奇麗に見えていたんだろうが、今は違う。 こんな弱い自分を、嘲笑うかのように、きらきら光っているんだ。 「どこにいるんだよ――――――っ!!!」 全てを込めて叫んだ。 汗と涙でびしょびしょになっていた。 こんなに悲しくて、心配で、後悔して、怖くて、恐ろしいこと、未経験で、ものすごく心が苦しかった。 高台の金属の手すりに雫が一滴、二滴と落ちていく。 こんな年なのに。こんなに大人なのに。17年も生きているのに。 声を出して泣いているんだ。 まだ、杏がいなくなった実感はないんだ。 後ろからひょっこり現れて、「バーカ」といって笑ってそうなのに。 杏とは、研究に没頭している両親とは対称的に、小さいころから一緒だった。 男のくせに、兄のくせに。弱くて臆病な自分を、いつも護ってくれる妹だった。 いや、自分が出来が悪かっただけなのかもしれない。 でも、これだけは言えるんだ。 “一番の家族”だったって。 今でもこんなに弱いのに、こんな意味のわからない世界で一人で生きてけって言うのかよ。 いきなりいなくなって、置き土産のようにこの鞄置いていきやがって…! 狡!狡… 草花の上に、腰を抜かしてしまった。 顔は涙でぐしょぐしょ。 もう誰にも会いたくなかった。 世界が終った気分だった。 なのに。 「こんなとこで、何泣いてんの」 …鏡の世界での冒険が、悲劇から始まろうとしていた。 前へ |次へ |
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