《MUMEI》
7
学校から徒歩20分弱で、目指した栄灯商店街に着いた。
栄灯商店街は、昔ながらの街並みというか、昔ながらのお店が多く建ち並んでいる。

しかし平日の夕方とのことで、主婦と学生がちらほらと見えるだけで閑散としていた。

休日はここもそれなりに賑わっているのだが、最近シャッターの店が多くなり、以前よりも栄えていないというのが現状である。


中に足を踏み入れると、近くのお肉屋からはコロッケの香ばしい香りがたちまち全身を包む。
ぎゅるるる…とお腹が唸り声をあげ始めた。ふらりと立ち寄りそうになって、慌てて方向を正す。

今日は朝は食べてないし、お昼も少量のサンドイッチを分けてもらった程度で、腹が鳴ってしょうがない。

少しぐらい…とも思ったが、夜が食べれなくなるのと僅かな仕送りを無駄に出来ないので、邪心を振り払った。

肉屋を通り過ぎ、歴史ある石畳を踏みしめ、晩ご飯どうしようかなあと思考を巡らせていると、


「ああら奈子ちゃんじゃないの!」

横から威勢のいい年配の女性の声が聞こえた。そこにはいつもお世話になっている駄菓子屋があった。

「あっ、こんにちは」
「久しぶりねぇ? もうこんな大きくなっちゃって〜」

先週来たばっかりなのだがそこは突っ込まないでおいた。
この商店街の中で、最近頻繁に来ているせいか微妙にアイドル化しているので、不本意ながら(ちょっと)有名だったりする。

「あっそういえば今日奈子ちゃんの好きなお菓子入ったのよ。見ていく?」
「あっ、えと……今日は忙しいのでまた今度来ますね」

必殺奈子スマイルで逃げようとすると、そこらへんにあったフーセンガムを握らせられた。
いらないとも言えないのでもう一度笑みを変えし早足で駆けた。

あの手の馴れ馴れしい大人は正直苦手であるが、嫌いではない。
一人暮らしの自分を気遣ってくれているだろう。

ふうと息をついたときに、隣に魚屋が見えたので、今日の夕飯は魚にすることに決めた。


中に入ると、色とりどりの新鮮な魚介類が陳列されており、晩ご飯のメニューを考えつつ目を凝らしていると奥から「奈子ちゃん!」と野太い声が響いた。

顔を上げるとガタイのいい親父さんが魚片手に近寄ってきたので軽く会釈をする。

「買い物かい。どんな魚がいいんだ?」
「いや、まだ決めてなくて…何かオススメとかありますか?」

見当もつかなかったので尋ねると、少々困ったように眉をひそめて言った。

「う、うん……いやあ……」
珍しく歯切れ悪く切り出して、続ける。

「今日のオススメはぶっちぎりでこれなんだが…どうも威勢がよすぎてなあ」

これ、とは今親父が持っている魚のことだ。
確かに魚は衰える事なく激しくビチビチちと跳ねて、まるで親父さんの手から逃げ出したいように見えた。

「これは…何のお魚ですか?」
「鯖だよ。鱗があんまりにも綺麗だったからこいつは鮮度がいいと思ったんだが…ちっとよすぎるな…」

言われてみれば、鱗の一枚一枚が虹色に光っていて、まるで鱗自体が発光しているようだった。
その魚を数秒眺めたあと、まあたまには鯖もいいかなという結論に達したので、

「じゃあ、これください」

あまり考えずそう口にした。
すると親父は嬉しそうにはにかみ、手の中の鯖を手早く袋に入れた。
するとその鯖はスイッチを切ったように急におとなしくなった。
手から解放されたからかな?
首を傾げながら料金を払った。


もう一度店主に会釈をし、毎度ありーの大声を背に店を出た。

その後、隣接する八百屋にも立ち寄り、適当に野菜を買うと両手にはそれなりの荷物が出来た。
これ以上の買い物は困難と見たので、商店街をあとにした。

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