《MUMEI》

目を開けると、先ほど助けてくれた少女が、うつぶせに寝かされている俺をゆさゆさと揺らしていた。
…ここは、俺が泣いていた、高台のようだ。

「起きたか…。死んだのかと思ったけど」

「それより!!お前に聞きたいことが山ほどある!!」

「ハイハイ。まぁ待て。先に、あんたが倒れる前のことを報告するから。」


―2時間前―


「ちょっ!おい!なんであんたが倒れるのさっ!!」

5人の男たちは恭介と同じように、倉庫の床にたたきつけられていた。

「ったく」

シーンとした、暗い倉庫の奥に、ずんずんと進んでいくと、
クスクス、という女の笑い声が聞こえた。

「誰」

クスクス、クスクス

「笑ってないで出て来なさいよ!」

暗闇に響く、凛々しい声。

「無関係者は出て行ってちょうだいな。私は肉体的に強い奴には興味がないの」

「ハァ?“ニクタイテキニツヨイヤツ”って何よ。意味わかんない」

「馬鹿ね。この分からず屋さん。私は“潜在能力の高いもの”が好きなの。わかる?」

「普通にわかりませーん」

「ハァ…もういいわ。もともと説明するのは得意じゃなくてよ。あなたがここを出て行かぬなら、
 私がここから出て行きます。それで結構かしら?」

「逃げるのね。顔ぐらい見せなさい!」

「逃げるのも、戦略の一つってことよ。
 顔を見せたりしたら、逃げる意味がなくなっちゃうから」

「もういい!!」

私は音をたてないようにずんずんと奥へと進んでいく。
黒幕をみつけてぶっ飛ばしてやる。
あいつの妹もいるに決まってるしね。
私はさっき、あいつを連れてくる前、この倉庫に血まみれの女の子が車で連れてこられているのを、
この目でしっかり見たんだから。

「ごめんなさいね。私、まだ貴方達に見つかるわけにはいかないの――。
 でもよかったわ。お兄さんだとばれちゃうから。
 また、機会があれば、お会いしましょう?梓さん―――」

「あっ!ちょっ待てッ!!逃げんなゴルァァァァ!!!」

青白い閃光が闇の中で一瞬光る。目を腕で覆う。眩しい。

「なんなのさ!光っただけじゃない。逃げたように見せかけてるの?」

…答えはもう帰ってこない。

奥に進んでみる。
変な機材が置かれているだけで、何もない。

「…光で目をくらませてから、逃げたってことか。…ってウワッ」

なんだろう、水溜りのようなもので転びそうになった。
前のめりになったが、ギリギリセーフだった。

ふぅ、とため息をついたが、そこに広がる景色に顔が青ざめた。



水溜りではない。


大量の、


不透明な赤い液体。


まるで、ここで誰かが殺されたような量の血液だった。


後ずさる。後ずさる。後ずさるたび、不気味に響く水の音。

後ずさっても後ずさっても、赤い床は続いている。

「ひっ」

踵に何か柔らかいものが当たった。

ゆっくり、振り返ってみる。



「はぁ…びっくりさせないでよ…死体かと思ったじゃん…」

そこに落ちていたのは、黒と白のボーダーの、毛糸のマフラー。
死体よりは怖くないが、やはり、床に広がる血液に浸されている。

もしかしたら、これは妹さんの物かもしれないし、
あの女の物かもしれない。

どっちにしても、手がかりになるはずだ。

でも…

…拾いたくない。



「とりあえず、あいつを連れてくか。ずっとここにいても、気味悪くて仕方がない」

恭介をおぶり、あの高台まで歩いて行った。


――――

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