《MUMEI》

俺の真横を俊敏に翔けて行く真紅の影があった。

しかし、此処にいる筈は無い。何故なら俺自身が檻に閉じ込めたのだから。


だというのに。


影は象に向かって行く。らしくは無いが、小細工は無しのようだ。

そのまま地面を蹴り、象の弱点の一つである、杖目掛けて跳んだ。

そのまま切り倒すのか、等と考えながら地面で呆けていると、影は杖に足の裏を持ってきた。

「なっ…」

一気に全身に力が入る。杖に足を着いたら力の反発が起こり、杖に触れるまでいったのに、意味が無い。

と、瞬時に否定論が頭を埋めたが、心配は不用だった。

影は見事に勢いを受け流し、杖と平行に、杖の上を進んでいた。そして、そのまま程無くして杖の最上部…大きな水晶が埋め込まれている場所まで上りきった。

そこで一度優しく杖を蹴り、身を空中へ投げ出す。と同時に水晶に両手で握った剣を突き刺した。

キイイィィン

甲高い音と共に、水晶は剣を受けた所からヒビが入り、粉々に砕け散った。

「ぐぎゅるるおおぉぉぉお!」

一際大きな雄叫びをあげ、象は動かなくなる。そして、水晶を割り、地面に降下していた影が地に足を着いた瞬間。

パアァン

水晶の炸裂音よりはやや低めの高い音が、フィールド全体に響く。

粒子化した象で在った物は、満月に吸い取られる様にして空高くへと舞い上がる。

そんな現実離れした背景をバックに、一つの影が俺にゆっくりと近付いて来た。

「無事で何よりだわ、カケル。」

「ハル…どうやって…?」

余裕の表現を見せるハルだが、額には汗が滲んでいる。急いで来たのだろう。

「アイがカケルに気を取られてる隙に、魔力の隙間を縫う様に檻から出たの。簡単じゃないのよ、これ。」

ハルはやれやれ、といった風に、剣を腰に収めてから腕を組むジェスチャー付きで言った。
簡単どころじゃ無い気がするが、俺だってそれどころではなかった。ここまでの対戦は初めてで、疲労感が半端無い。

「ふぃー。」

今までの苦労を洗い流す様に、地面で大きく腕を伸ばす。久々に背骨が伸びて、ポキポキ、と音がする。そのままの勢いで、地面に体全体で大の字を描く。

寝転がりながら空を見ていると、一つの光が俺達の元へゆっくりと舞い降りた。

「これが…?」

腰元まで降りてきた一輪の白い花に見とれながら、その発光に確かな物を感じる。

「ああ。」

俺は上体を起こし、片手に体重をかける。そしてもう片方の手を光へ向かわせた。

「無月草だ。」

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