《MUMEI》
9 とある日“から”の始まり
「ぎにゃああああああああ!!!」
部屋中に響き渡る、絶叫。
しかし、叫び声は一つだけじゃなかった。


「うわああああああああ!?」

重なるようにして、あまり低くない男性の悲鳴が聞こえた。
ちなみにこの部屋に男性はいない。

「さっ、さかっさかにゃが!! う、浮いてる!?」

思いっきり腰を抜かして、目の前の鯖を指差す。

夢だ。ありえない。
そう思って目をごしごしと擦るが、宙に浮く魚は消えるどころか、更に追い討ちをかけてきた。


「び、びっくりした……急に大きな声出さなくても…あー…耳キンキンする」

「さ、魚がっ、しゃべっ、たあーっ!?」



………そこから、数分後。


お、落ち着けおつつけ。

ま、まずは深呼吸…
すぅーはぁー。すぅーはぁー。
ドクンドクンという心臓の音がやけにうるさかったが、鎮まるのを確認してちらっと視線を向ける。


テーブルの対面には、マグカップに入ったお茶に顔を突っ込み、ふーふーと熱々のお茶を冷まして飲む鯖と、向かい合うように座る自分。
これほどまでシュールな光景はないだろう。
どうしてこんな体勢になったのかもよく覚えていない。

しかし……どう見ても、あの時魚屋で買った鯖だ。
あの光り輝く鱗も潤いを湛えたつぶらな瞳も買うときの姿と変わりない。
ただ、重要な事が完全に変わっていて。
まず水中にいないのに生きてるし、重力に逆らって浮いてるし何より日本語を喋っている。

これはありえない。
こんなのは魚ではない。

しかし形だけを見ればただの魚にしか見えない。
ごくり、と生唾飲み込み意を決して、目の前の魚に尋ねた。



「魚って…耳、あるの?」

誰かが、「そっちか!?」と突っ込みを入れたような気がした。

「ん?いや、普通の魚には無いだろうが僕にはある。僕は魚じゃないから」

なるほど、そうだったら生きてるのも浮いてるのも喋れるのも納得ーーいやいや違う。私は馬鹿か。

「魚…じゃないならあなたは何なの?」

「これを」

と魚が、どこからともなく名刺を取り出した。そのままヒレを器用に使い目の前に移動させる。

名刺に視線を移すと、
『世界保護委員会 特別神託遣 霊』
と明記されていた。

…世界保護…?聞いたこともない。

ますます疑問が募るばかりで、首をひねっていると、魚、名刺によると霊という名前らしいーーーが付け加える。

「まあそんなの肩書きだけだけどね。 僕達はある目的で人材を募集しているんだよ」

「ある目的…?」

その言葉が妙に引っかかり、オウム返しに聞き返すが、

「まぁ、とにかく人不足なんだ。とにかく人が欲しいんだ」

はぐらかすように続けた。
そして霊は、マグカップに残っていたお茶の残りを飲みきり、奈子を見つめ返してきた。

「どうかな。一緒に手伝ってはくれないかな。勿論見返りはある」

「ど、どうって……急に言われても初対面の人の事信じきれないし…何よりある目的って?」

何故かそこが凄く気になり、もう一度聞き返す。

「……今は言えない。契約してくれたなら話せるんだ。多少のリスクはあるがそれを上回るリターンがある」

「見返り…」

「ああ。詳しくは言えないけど、何でも願いが叶う可能性だってある」

「何でも…って、無理なこともあるでしょ?」

「いや、何でもだよ。君が望めば叶わない願いはない」

その言葉にくすり、と笑わずにいられなかった。
そんなの、無理に決まっている。
馬鹿にするように、言った。

「もし、死人を生き返らせると言ったら?」


正直、半分冗談半分本気だった。

「勿論可能だよ」
霊は、堂々と言ってのけた。

ふざけている、とは到底思えなかった。
私を騙そうとしているようにも見えず、気持ちが揺らいだのも確かだ。

もし、その言葉が本当ならばーー
お母さんーーー


「……少し考えたい」

「なるべく今すぐ決めて欲しいな」



その言葉に、息を飲んだがやがて考えた末、頷いた。


「うん、わかったよ」
気がつけば、そう承諾していた。

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