《MUMEI》 10「契約、するよ。その世界保護ナントカに」 目の前に座る、小さな鯖のつぶらな瞳を見つめて言う。 「ありがとう。君ならそう言うと思ったよ。さあ、これを」 先程の真剣な様子とは打って変わり、にこやかな笑みを浮かべた鯖は、またどこからかA4サイズの紙を差し出してきた。 テーブルの上を滑るように紙と、ペンを渡された。 紙に目を通すと、ロシア語と……良く分からない言語がびっしり綴られている。 と思ったら最後の一文だけ日本語で、 「上記の内容に同意しますか?□yes or □no」 とチェック欄があり、記名と印を押すようと下線があった。 なんとなく怪しいと思ったが、今更「やっぱやめる」とも言える雰囲気でもなく、嫌な予感を感じつつペンを走らせた。勿論yesにレ点を。 丸い字で記名し、最後に朱色のハンコを押すと、間を置かず、霊が紙をひったくった。 そして満足げに笑みを浮かべ、紙を小さく折り畳み始めた。ヒレがちろちろ器用に動く。 「そういえばきちんと自己紹介してなかったな。僕は霊。これから長い付き合いになるだろうけど、よろしく」 と、右のヒレを差し出してきた。 握手……なのだろうか。 戸惑いながら手を伸ばし、人差し指と親指でつまむ。 「え、えと鈴白 奈子です。よろしくお願いします…あの……私は何をするんですか?」 「あはは、タメ口でいいよ。そういえば君にまだ何も言ってなかったね」 あははと豪快に笑い、さも当然のように続けた。 「君には魔法少女として働いてもらう」 ………は? 「今世界のバランスが不安定なんだ。そのバランスを正す為に、僕達は神様からこの地球に放たれたんだ。その僕達のことを“神遣い”という」 ………え、えと…? 「しかし僕ら神遣いは、大した力を持たない。だから君のような子に力を貸してもらう。それが今君が行った契約だよ」 ………いやいやいや… 「契約によって、生まれるのが神の力を持つ“神の子”が生まれるんだ。それを僕達は魔法少女と呼んでいる」 「ちょっ、ちょっとたんま!!」 思わず頭が痛くなって、こめかみを抑える。 カミツカイ?カミノコ?マホウショウジョ? 脳が理解を拒否した単語がぐるぐると頭の中を巡る。 対して霊はきょとんとした顔で奈子を見つめていたが、不意に、 「…日本には百聞は一見にしかずって言葉があるみたいだし、見てもらったほうが君も理解しやすいかな」 ぽつりと呟いた霊に「なにを?」と確認する暇もなく、霊は小さく折った紙を口の中にいれた。 ごくん、と霊が飲み込むと一一一 「にゃ…っ!? なに、これ…?」 急に、自分の身体がまばゆい水色に光り始めた!! その光は驚く事に内側から漏れ出すようで一一 明る過ぎる光に目が開けていられず、きつく歯を食いしばっていると、すぐに光は止んだ。 そっ…と瞼を開けば少しチカチカするが何ら変わりない霊の姿と、見慣れた部屋があった。 …何だったの、今の。 ふぅ、と息をついた瞬間、私は鏡に映る自分自身を見て驚愕した。 「っな……!!」 そこには、さっきまで着ていた筈の制服が跡形も無くなり、なんと白いスクール水着のような露出が多いフリフリの衣装を着て、あんぐりとアホ面を晒した自分の姿がいた。 まるで、テレビに出てるような「こすぷれ」のような格好だ。 いやコスプレイヤーだってこんな寒い格好はしない。 驚きのあまり叫び声も出ず、ただぽかーんと鏡と見つめ合っていた。 …どういう…事? 「これが、契約して生まれた魔法少女の君だ。衣装はランダムで決まるから決して僕のせいじゃない」 とても遠くに声が聞こえた気がした。 「これで分かったかな。君がどんな事をするのか」 「わっっかるはずないでしょ!!」 「うわ!?」 「な、なにこの衣装!?恥ずかしいし寒いし!? 早く元に戻してよ!クーリングオフ!クーリングオフぅ!!」 「無理だよ。契約書にもクーリングオフは不可能って書いてあったじゃないか。読まなかったのかい?」 「あんなん読めへんわーッ!!」 近所迷惑だろうが今は関係無い。 「と、とにかく現時点で元に戻る術はないよ」 その言葉を絶望的に聞くのだった。 そのまま、がくりと膝から崩れ落ちた。 前へ |次へ |
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