《MUMEI》
2
たったった、と早足気味に歩く、自分の足音が規則的にリズムを刻む。

暖かい日差しが肌を撫で、風が髪を揺らす。
アスファルトの匂いをすう、と吸い込んで吐きだすと長いため息が漏れる。
昨日から何度幸せが逃げていることか。

本当ついてない。昨日は特に。
この不幸体質は天然なのだろうか。全く…


「……で、どこまでついてくるの」

くるっ、と振り返ればすぃ〜と軽やかに浮きながら後を追ってくる鯖がいた。
少し離れた所で音も無く止まる。
もはや魚が浮くことに驚かない自分に呆れる。

その浮く鯖こと、霊がきょとんとして答える。

「どこまでって…勿論ずっとだけど」

「ず、ずっと!? まさか学校まで来るつもりなの?」

その言葉にさも当然、と頷いて
「当たり前じゃないか。まさか家で大人しく待ってろって?」

馬鹿にするように私の周りをぐるぐる回ったり、その場で一回転なんかしやがる。
ムカッと来たがここは抑える。


「学校に来たら珍獣ハンターに捕まって有名魚になるよ」

嫌みを込めていっそ捕まってしまえ、と本気で思った。
魔法少女になる、と公言してから霊はやけに調子づく。

「なんで?別に見つからなければいい話じゃないか。あと僕は魚じゃない。良く分からないな君の思考は」

「はいはい馬鹿ですいませんね!!」

ヤケになって、また早足で歩き始めるとまたスピードを合わせてついてきた。


「誰もそこまでは言ってないさ」

「言ってるようなもんでしょ!」

「まぁ君が馬鹿なのは今に始まったことじゃない。そう気を落とすなよ」

「にゃ、にゃんだと!?」

こ、この鯖、掴んでやる、と思った時には霊は加速して、私の手をすり抜けていった。
ぴゅーっとたちまち遠ざかって行く背中を見て、「に、逃げるなぁ!!」と鞄をブン回しながら追いかけた。



霊が立ち止まった時には、もう校門は目の前だった。
生徒がちらほらと見え始め、霊がバレないかとドキりとした。

「ねぇ、霊どうす……」

そこまで話し掛けたところで、急に霊が180度回転しこっちを見たと思ったら、とてつもないスピードでスクールバックのポケットにぼすっと入った。


なんだなんどと思って話しかけようとした矢先だった。


「奈子」

自分の名前を静かに囁かれた。
私を呼び捨てにする人は多分、学校で一人だけだろう。


「ゆかりちゃん?」
顔をあげると、予想通りの人物がにこやかに立っていて、小走りで近づく。


「おはよう」

「おはよ。ね、ゆかりちゃん昨日大丈夫だった?」

昨日、すぐ帰宅してしまったのでもしやまた体調が悪くなったんじゃないかと懸念したのだが、

「うん大丈夫。ごめんね、昨日一緒に帰れなくて」

「えっううん。私の事は気にしないで。でも元気でよかったよ」

どうやら大丈夫だったようだ。
ほっと安堵すると、ぽつりと疑問が湧いてきた。


「あれ?ゆかりちゃんってこっちの道だったっけ?」

ゆかりちゃんは私の家から遠いから違う道を通っているハズ…なのだが。
さっき後ろから来たってことは同じ道を通って来たという訳か?

「あ……今日奈子と一緒に行こうと思ったんだけど…奈子いなかったから」

あ、そういえば昨日の遅刻を反省して少し早めに出てきたし何より途中から走ったりしたからすれ違ったんだろう。

「そうなんだ、だったらメールしてくれればよかったのに」

「う、うん。じゃあ今度からちゃんとメールするね」

ゆかりちゃんは微笑を浮かべていたが、ちょっとこわばって見えたのは気のせいであろう。


「じゃ、一緒に行こ。早くしないと2日連続遅刻になっちゃうよ私」

「ふふ、そうだね。早く行こう」


二人とも笑いながら校門へ向けて走り出した。

が、その時「何で……」というボソッとした呟きがゆかりちゃんから聞こえてきたが、特段気にする訳もなく学校を目指した。

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