《MUMEI》

「さあ、剣を取れ。供に闘おう!」
ファンタジー映画に出て来る村のセットを思わせる様な家々が燃える中、パチパチと藁が爆ぜる音と天高く立ち昇る黒煙を背に金属製の重そうな甲冑に身を包んだ小柄な少女が左手に無骨な大剣を持ち、右手を自分に差し出している。
最初、この場所で目覚めた時に数人の薄汚れた男達に囲まれて絶体絶命だった所を突然現れて瞬く間に切り伏せてしまったのが、この少女だった。
その余りにも見事な立ち回りに実は本当に映画の撮影でした等というオチを期待していた。
しかし、辺りに漂う鉄の臭いにしても、いつ迄も起き上がって来ない男達にしてもリアル過ぎて、これが否応無く現実だと知らしめていた。
差し出されたガンレットに包まれた手は返り血で大剣と同じ位に血で濡れてポタッ、ポタッと滴り落ちる雫で渇いた土の地面に紅い水溜りを造っている。
正直、触りたく無いが少女を目の前に、このまま無様に尻を地面に付けていたくも無いという男としての無駄な矜恃があって差し出された手を握る。
ヌルッとした感触と鼻腔を刺激するさびた鉄の臭いに一瞬、眉をひそめてしまったが少女は全く気にした様子も見せずに手に力を込めて引き上げた。
「ウァッ!?とっとと」
情けない話、予想に反して思わぬ強い力で引き上げられた為、立ち上がるどころかバランスを崩して今度は前のめりに倒れ込んでしまった。
しかも、引っ張り起こそうとしてくれた少女を押し倒す形になってしまった。
「すっ、すまない!ワザとじゃないんだ!君の力が余りにも...」
慌てて少女から飛び退き、謝罪と言い訳を始めるが女性に対して力が強いなんて言葉は火に油を注ぐだけなので言えず、結局はすまないと繰り返して頭を深く下げるしかできなかった。
どのくらい経ったのか、実際は一秒も経って無いだろうが、不意にクスッと小さな笑声が聞こえた。
「私は自分が馬鹿力だと自覚しているし、加減が出来なかった私にも非がある。君が、そんなに気にする事は無い。それより、すまないが起き上がるのを手伝ってもらえると、あり難いのだか」
流石に甲冑を着たまま起き上がるのは難しいと少女は苦笑しながら、また手を差し出す。
いつの間に立場が逆になっていた事に気付き、自分も苦笑を浮かべて彼女の手を取った。
今度は眉をひそめる事も無く。
「さて、君もそこら辺に落ちてある剣を取りたまえ、敵は直ぐに戻って来るぞ、東洋人。」
立ち上がった少女は直ぐに四周を警戒をしながら持っていた大剣を握り直す。
その様は歴戦の剣士の様で、先程のちょっとしたほのぼのとした雰囲気等無かった様に錯覚してしまう。
そして彼女がたった今、言った言葉に引っかかりを感じて質問をした。
「君、いま東洋人って言わなかったか?東洋を知っているのか?」
実は今迄の経緯で恐らくはライトノベルなどでよく有る異世界トリップをしてしまったのではないのかと考えていたのだが、どうやら間違っていた様だ。
「なに、知っていると言っても人づてで聞いた程度の事だけだよ。もしかしたらと思って東洋人だと言ってみただけだったんだが、本当に東洋人だなんて驚きだな。これも主、イエス様のお導きによる縁かも知れないな。ああ、そう言えばまだ名を言って無かったな、私はジャンヌだ。ジャンヌ=ダルク。」
異世界トリップだとしても結構な大問題だったが、タイムトリップをしてまさか、有名どころの偉人に会ってしまうとは予想の斜め上に行く現実に驚いて思わず、マジでと聞き返してしまった。

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