《MUMEI》

 深見事務所が請け負っている仕事は、大抵、迷子の犬や猫の捜索であった。鳥や爬虫類も含む。それから他に、家出人や失踪者。
 浮気調査は定番である。
 警察で相手にされない類の曰くありげな事件を幾つか取り扱っている。
 依頼書類の未完成原稿を受け取って、ちらりと確認してみる。
 今回の捜索対象は、珍しく人間であった。
 毎回思うことなのだが、光基には失踪者の気持ちは理解できない。
 アルバイトを始めてから、数人の失踪者、いや元失踪者の事前事後調査報告書を作成してきたが、共感できる理由は一つもなかった。
 犬や猫にいたっては、言葉が通じないのだから、聞きようがないだろう。
 一体全体、失踪の定義とは何ぞや?
 辞書を開いて、最初の苦悶の表情へと辿り着く。
 明確な答えを期待していた訳ではない。
『対象、笹本海奈江、20歳。二週間前から戻らないため、同居人から捜索依頼。依頼人、立花克樹、29歳。職業、フリーライター…‥』
 さて、彼女の犯行の動機とは。それにしても、二週間前って。
 不謹慎だとは思いつつ光基は、最近、携帯端末で見たサイトの雑文を思い返していた。
 題して、なんとかの徒然日記…‥とかなんとか。
 覚えていなかった。
 フィクションなのかノンフィクションなのかは、わからない。
 小説家の部屋にふらりとやってくる女。はっきりとそう、書かれてはいない。
 いついなくなってもわからないような女と、駄目な小説家の日々が、徒然、明け透けに綴られているのだ。
 思春期の男子が素通りできようか。いや、できまい。

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