《MUMEI》
Case1
 「世界が終わる前に、お前、何がやりたい?」
突然のその問い掛けに、彼女がゆるりと自分の方を向いて直った
一体なにを言い出すのかと小首を傾げ
だが自分の顔を見上げるなり、その表情は不安気なそれに変わる
そんな顔をさせてしまった事に罪悪感を抱かずにはいられなかったが
今、どうしてもそれを聞いておきたかった
「答えろって。何がやりたい?」」
態と顔を下から覗き込み、さらに問う事をしてやれば
ポトリ一滴、涙が自分の頬へと当った
何故、そんな事を言うのか
そう訴えてくる彼女。次々と頬を伝って行くその涙に
自分は酷く残酷な問い掛けをしてしまったのだと思い知らされた
「悪い。けど――」
これが全くの嘘だと、すぐに言ってやれればどんなにか良いだろうと
それが叶わないから、もどかしいばかりだった
世界の寿命が尽きようとしていると知らされたのが今月の頭
突然のその情報を知り得たのはごく一部の人間のみで、自分も人伝に聞いた
最初は何の冗談かと思っていた。笑えないにも程があると
だがそれも冗談ではないと知れたのはすぐの事だった
世界が軋む音、歪む空、濁った海
その全てが前兆なのだと自分も不安に感じたものだった
「……ごめん。全部ウソ、冗談だって」
ウソではないことを嘘で誤魔化し
自分は今にも泣きだしてしまいそうな彼女の頭に手を置いてやる
タイムリミットはあと、一週間
自分が彼女にしてやれる事は何なのだろう
考えなければいけない事だというのに考えが纏まらない
「……どっか、遊びに行くか」
漸く出てきたかと思えばそんな言葉
それがどんな風に彼女の耳には届いたのだろう
声は掠れてはいなかっただろうか、動揺に震えてはいなかっただろうか
そんな事を考えながら、彼女からの返答を待つ
行く、という返答をくれたのはそれからすぐの事
その事に安堵し、自分は今すぐにでも出掛けようと彼女の手を取り
小さなボストンバッグに最小限の荷をまとめ、家を後にしたのだった……

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