《MUMEI》 2ほどなく霊と雑談を交わしていると、暗い緑色をしたアパートに着いた。 霊と喋っていると、何だか昨日会ったばかりだと思えないぐらい会話が弾み(会話の内容はくだらないが)、時間の感覚が狂う。 ちらりと見上げると、あまり新しいとも言えないアパートだが、大家さんが毎日お掃除をしているので、古くても汚いという感想持った事はない。むしろ綺麗だ。 そして今日もご丁寧に玄関を掃除している大家さんに挨拶がてら声をかける。 「こんにちはー」 すると大家さんは清掃一旦止め、目を細めた顔で振り返る。 私の顔に認識したあと、ゆっくりとした口調で、 「おかえりなさい奈子ちゃん」 と目元に無数のシワが刻まれて、細かった目も笑う事により更に糸のようになる。 少し挨拶を交わし愛想良く微笑を浮かべた。 そして掃除に戻った大家さんの隣をするりと通る。 古ぼけた階段を登ると、かつーんかつーんと長い廊下に響く。 人目がない事を気にしつつ、声を潜めて霊に尋ねる。 ちなみに霊は鞄のポケットにinしている 「ね、さっき言ってた急ぐことってなに?」 実は先ほど大家さんと会う前、「ちょっと急いで部屋に戻ってくれ」と言われたのである。 真剣な表情で見つめられれば従うしかないのだが…それにしても何故急に。 「……まぁ、ちょっと気になる事があった…」 そこまで話したところで急に声が途絶えた。何かを感じて声を潜めたようだ。 声をかけようとした直前、目の前の扉がギィと開いた。 ぶつかりそうになりわっ、と声をあげたが、ちょっと失礼だったかと思い扉を開けた主に、軽く頭を下げる。 「あっ…すみません」 すると男性も目を見開き、慌てたようにぺこりと頭を下げた。 「い、いえ俺のほうこそ気が付かなくてすいません」 この人は隣人の、槙野 理人さん。 近所の大学生で、たまに通学路で会ったりするので一応知り合いではある。 ちなみに天文学が好きで頻繁に夜出かけていく。 いつも扉を開ける音が壁越しに聞こえてくる。 まあまあのイケメンだが、星空にしか興味が無いらしい。残念な人だ。 それを裏付けるように、その腕には望遠鏡が大事そうに抱えられ、スーツケースのような大きめの鞄が左手にある。 「お出掛けですか?」 今から星見に行くのかな?と思い、尋ねてみる。 「え?……え、ええ、まぁ…」 と微妙な返事をしながら目を泳がせる。 何か変な事聞いたかな?と首を傾げていると理人さんは何故か顔を赤くさせて「い、急いでいるのですみません」とそそくさと逃げるように階段を降りてってしまった。 不思議に思い視線を下ろすと、階段を降りきった理人さんは手で顔を押さえるように大股で歩いていた。 そんなんじゃ前見えないんじゃ…と思ったのとほぼ同時に大家さんのモップに引っかかり、派手にぶっ転ぶ。 ガラガラドスっ!!と騒音を立て、顔面からコンクリートに顔面強打している。 右手から、機材が入っているであろうスーツケースが地面を滑っていく。 ああああ…!!と悲痛な叫びを漏らし機材を追っかける理人さん。 でも転んででも腕の中の望遠鏡は無傷らしい。本人は全く無事じゃないが。 ちらりと見えたけど鼻血出てた。 大家さんが迷惑そうに、鼻血を拭き始めた。 しばらくその奇行を眺めていたが、ふとある疑問が湧く。 そういえばまだ空、明るいよね…? まだ青さが残っている空で天体観測をするとは思えないが……? 私には理解出来なさそうなので考えるのを止め、自分の扉の鍵を開ける。 そのまま家に入ったのだが、なんとなく疑問の靄はなかなか消えてくれなかった。 …それと、もう一つ。 気になること。 理人さんの去り際、霊が険しい表情で背中を見つめていた。 「…霊? どしたの?」 「まさか……あ、いや、なんでもない。それより奈子、早く準備してくれ」 話を逸らしたな。まぁいいけど。 「準備って…何を?」 「決まってるじゃないか。まさか今朝の忘れてはいないよね?」 「魔法少女の準備だよ」 前へ |次へ |
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