《MUMEI》
3
「腰を落として、重心を前にする。次に爪先で勢いを作り低い姿勢のまま右肩を前にして走る。これが基本の走法」

「足に力を入れ過ぎず浮かせるように最低限の動きで、地面を蹴るんだよ。無駄に抵抗力や摩擦を生むと速度が落ちるから」

「走るというより跳ぶ感覚に近いかな。高さよりも距離…幅跳びを想像するといい」

「恐怖心が一番の難敵だ。感情に流される事により判断力推進力運動エネルギーが半減される。自分を持って冷静に挑めば問題ない」

……かれこれ1時間位この調子だ。
ぺらぺらと手振り(ヒレ振り?)も交えて“魔法少女心得”を伝授してくださっている。


最初のほうは真面目に聞いていたが、内容が理解出来ず右から左に受け流すような状態になっている。
頭に入ってくる気配すらない。


ちなみに今は、昨日強制的に着用させられた白いスクール水着のようなのを着ている。
所々にフリルがついていたり、背中に大きなリボンがついていて恥ずかしいったらありゃしない。

一体何でこんな羞恥プレイをさせられなきゃならんのだ。

「ねぇ…何でこの服じゃなきゃいけないの?」
正直この格好寒いし、こんな衣装着てる自分が寒いし、こんなの着せられなきゃいけないんだ……という怨念を込めて睨むが、

「ああ、その衣装?魔法少女の服」

「そんなのは知ってる!!じゃなくて、なんでこんな恥ずかしい服着なきゃいけないのってこと!! 端から見たらイタいコスプレイヤーか季節外れの露出狂だよっ!!」

「その衣装は僕が決めた訳じゃないし今更言われてもなぁ…そもそもその服は意味があるのさ」


困ったようにヒレを左右にぺしぺし動かして続ける。

「その衣装は着ている者の身体能力を飛躍的に補助し、過度な衝撃を衣装が君に痛感として伝わる前に威力を打ち消す。防弾服のようなものさ」

そう言って右ヒレで私を指してくる。
こんな薄い布が体を守ってくれるとは信憑性がないが…そもそも完全に魔法少女とやらを信じた訳じゃない。


「でも何でこんな露出してるの? 露出してるところに衝撃があったら意味無いよ」


この衣装、腕や足も太ももの付け根までばっちり露出している。
同色のアームカバーとニーハイソックスを履いているのだが、それでも肩や太ももは完全に隠れきってない。

霊が言うことが本当ならば全身タイツのようなデザインが最もだろう。
……それもそれで変質者のような格好だが。

「君達がお洒落をするのに寒くても露出するじゃないか。それと一緒さ」


確かに、理解出来ない話ではない。
街にでて、お洒落している女性に「何故足出してるんですか」と聞いているようなものだろう。

いやいや、だからといって納得する訳じゃない。


「さて、時間も迫って来た頃だし…これを」


と、壁掛け時計を見るなりまた何かを取り出した。
それはカチューシャのようで、上に2つの三角形が付いている。それは紛れもなく、“ネコミミ”というものだろう。

「このカチューシャは集音機だよ。人間には聞き取れない音を変換して聞こえるようにしたり、小さな音も増幅するんだ」

「……なんでネコミミなの?」

「カモフラージュさ。相手に集音機だとバレないようの細工だ」


ん、と半ば強制的に持たされこの衣装にネコミミを装着した自分…を想像しかけてやめた。

「最後にこれを」


と霊は、小さなチェーンを渡す。
それはネックレスで、先に小さな指輪がついている。
その指輪は全体が水色に淡く発光しており、分からない言語が彫られている。

ぱっと見玩具の指輪みたいに見えるが、重量はびっくりするぐらい重い。


「それが、今回集める12のリングのうちの一つさ。それを12個集めると願いが叶う。一個君に託そう」

そう、私は願いを叶える為に恥ずかしい格好までして魔法少女になったのだ。
泣き言なんて言ってられない。


覚悟を決め、すちゃりとネコミミを装備する。
すると神経が研ぎ澄まされたようにアパートの廊下の足音まで詳細に聞こえてくる。

そのことに感嘆しながら、その指輪のネックレスを首につけた。

ひやりとした感覚が伝わったが悪い心地はしなかった。

「さあ、行こう魔法少女奈子」

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