《MUMEI》

 「麻帆、これは……?」
翌日、豊田たちの姿はとある場所にあった
休日だというのにも関わらず訪れた上司の宅
あらかじめ電話にてその旨連絡はしていたので先方の驚きは余りない
だが相手が無言で差し出したそれには僅かに驚いたような表情を見せていた
あのクマの人形
どうしたのかを問う上司に、しては相も変わらず表情薄のまま
「……僕にはもう、必要ないから」
それだけを伝え、クマを父親へと突っ返す
上司はさらに驚いた様に眼を見開き豊田の方を見やった
だが豊田から言えることは何もない
「……そうか。それで、麻帆。お前は、これからどうする?」
「どうするって?どういう事ですか?」
「ウチに、戻ってくるかい?それとも――」
言いながら上司は豊田の方へと改めて視線を向ける
その視線が何を意味するのか、豊田はすぐに理解し
相手の髪を掻き乱した
「豊田、さ……」
「家に帰るか?それともこのまま俺の所に居るか?」
どちらを選んでも構わない
上司が言わんとしていた事改めて言ってやれば
相手は豊田の方を見やる
「……と……です」
「聞こえない」
思うことははっきりと口で、背を軽く押してやり
それを弾みに相手がまた口を開いた
「僕は、豊田さんと一緒に、居たい、です」
初めて口にする(自分の)想い
精一杯のそれは上司に通じた様で
そうか、と一言で上司はまた豊田の方を見やると
深々と頭を下げてきた
言葉こそなかったが、それが何を意味するのかすぐに理解し
豊田もまた頭を下げ、そのまま暇を戴くことに
上司宅からの帰り道、無言のまま歩く二人
二、三歩先を歩く豊田の後ろをついて歩き
結局自宅に帰り着くまで交わす言葉はなかった
中へと入り、戸を閉めた瞬間
豊田は相手へと噛みつくように唇を重ねる
静かな室内に、唯々互いを求める音のみが響いていた
「……玄、さん」
初めて豊田の名前を呼んだかと思えば首に腕が回され
何か言いたい事があるのか唇が耳元へ
「……好きになっても、いいですか?」
思わぬそれに豊田はわずかに眼を見開き
だがすぐに表情を緩ませるとまた唇を重ねる事で返してやる
持てる優しさを全て与えてやる様なキスだった
「どうぞ」
唇を離し返してやった答え
初めて誰かの存在を傍らに求め、そして与えてもらえる
その事を豊田と出会い初めて知った
「……あなたは、オマケなんかじゃ、ない」
テディベアのおまけだといった豊田の言葉をいまさらに訂正してくる相手
豊田は微かに肩を揺らしながらそうだなを返すと
相手の身体を唯々抱きしめてやる
「……僕の、一番は今は、あなただから!」
その法要に答えてくれる様に返ってきた言葉
可愛らしい言葉をはいてくれる、とまた肩を揺らし
豊田は更に相手を強く抱きしめてやっていたのだった……

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