《MUMEI》

 光基は、割箸に結んだ釣糸を引き上げた。
 池に一度落としそうになったので、制服の上着と一緒に、卓の足元に放り投げていた端末を取り上げると、一読する。
「俺、バイト入ったから帰るけど」
 どうする、のつもりで黙る。と、相変わらず顔を上げないままで、片手を振られた。
「お前さ、『夜間飛行』って、行ったことある?」
「ないね。健闘祈る」
 簡潔に送り出された。
 端末の指令も、純喫茶夜間飛行にてブツを受け取ること、と簡潔であった。
 簡単な仕事のようだが、光基には気が重い。彼だけでなく、近隣の高校生男子には簡単ではないだろう。
 なぜなら彼らに取って、純喫茶夜間飛行は、鬼門だからである。因みに下っ端の光基に仕事を振ったことから、博田に取っても、鬼門だということを疑う余地はない。
 光基の通う私立三千香高校がある環状線の駅から、沿線を二駅離れた場所にある市立松林高校の校門前で、純喫茶夜間飛行は商いしていた。
 店舗は古惚けた赤錆色をした煉瓦造りの三階建物で、三階に古本屋、二階には何かの事務所が入っていて、一番下の一階が純喫茶となっている。
 店主は数奇屋兆太という名で、なぜか数奇屋男爵と学生には呼ばれていた。
 どうも、十八世紀から十九世紀頃のヨーロッパの世俗イメージから、来ているのではないかと思われる。
 本人も整った容姿をしており、流布する噂があった。
 曰く、数奇屋男爵は美少年を好む。

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