《MUMEI》 4まだ5月といえど、夜中となればまだ空気はひんやりとしている。 そこにこんな水着姿のような格好で外に出れば当然寒さが剥き出しの肌に突き刺さる。 身震いと歯がカチカチ鳴るのを抑えきれず身を縮込ませる。 しかし…本当にこの衣装で外に出るとは… せめて知り合い…というか人全般に会いたくないなぁ…… というか…… 「ちょ、ちょっと霊?どこまで行くの?ていうか何で屋根の上なんて…あ、ぶな…」 そう、何故か現在地は進行形でアパートの屋根の上だ。 霊が無言で登っていくのでついて行くしかないのだが、先のほうまで進んでいくので落ちないかとヒヤヒヤする。 下の覗き込むと、暗闇が黒々と広がっていて地面が見えない。 落ちたらひとたまりもないだろうな…と想像し、今度は違う意味で身震いする。 「奈子、こっちへ来て」 と、急に霊は屋根のふちギリギリでピタリと止まる。 アンタは浮いてるからいいよなぁ…とジト目で睨みつつ、落ちないように引け腰になりながら隣に並ぶ。 一歩先はもう足場はなく、闇が顔を覗かせていてうひぃ、と声が出た。 「近くに、リングの反応がある。距離は…西7km…今8kmになった」 遠くに見える商店街のほう…今はぽつりと街灯があるだけだが、を見つめる。 その眼差しはいつになく真剣でやっと現実味を帯びてくる。 「そんな詳しい距離まで分かるの?」 「大体だけどね。感覚的に第六感のような気を感じるだけだ。しかしそれは他の魔法少女の神遣いにも言える。ここは障害物が無いから居場所が筒抜けだろう」 「だ、だいじょぶなのそれ?」 「今はね。でも長居はあまり推奨しない。秒速2kmで飛べる魔法少女もいるから」 秒速2キロ…!?なんてことだ。それはもう人間じゃない。 その魔法少女には是非とも会いたくないなぁ。なんか怖そうだし。 「そんなのただのスピードホリックさ。怖がることもない」 まるで私の心の声を見透かしたように笑顔を向けられドキリとする。 ニコニコと微笑みを浮かべていたがやがて、また夜景に目を光らせ鋭い表情になる。 「さぁ、今目標が9kmになった、どうやら乗り物で移動しているようだ。急いだほうがいい」 「い、急ぐって…乗り物相手にどうやって追いつくの?」 真っ当な意見を述べた筈なのだが、霊は「こいつ何言ってんの?」みたいな哀れみの視線で見てくる。 な、なに?変なこと言いました? 「あのねぇ…君はもう忘れたのかい? 部屋で教えた基本の走法。もう覚えていないというなら君の頭の出来を疑うよ」 「にゃ…っ!?それはつまり馬鹿ってこと!?」 一気にカッと来て、掴みかかろうとしたときだった。 それまでギリギリに屋根に接していた足が、勢いがよすぎてずるっ、と踏み外してしまった。 あっ、と思った時にはもう遅い。 気がつけば自分の体は宙に投げ出されていて、両足とも空気を蹴っていた。 「きゃっ…!!」 満足な悲鳴も出ず、恐怖で思わず目を瞑った。 落ちる一一一!! 一瞬の滞空、そして急速な落下感。 最悪の事態を予想した、自分の体をまたもや浮遊感が襲った。 その浮遊感は消えることなく、数秒が過ぎてもずっとそのままだ。 「はあ…全く、本当に君は馬鹿だなあ」 頭上から、呆れた霊の声。 はっとして目を開くと、落ちかけた自分の右手を霊がその小さなヒレで掴んでるではないか。 おかげで体は夜空に投げ出されていたが、落ちることはなかった。 「よっ……と」 霊が声を上げるのと同時に、その小さい体で自分の何十倍もある私の体を引っ張り上げる。 すると面白い位に体がずり上がり、遂に屋根に足が着いた。 しかし落下しかけた恐怖で思うように立てず、ふにゃりと座り込む。 霊が助けてくれたのにも驚いたが、何よりその小さな体から出た力はなんなんだ? 『僕は魚じゃない一一』 いつだかの言葉が脳裏をよぎる。 霊は、一体何者……? そして、派手にドキンドキンと鳴り響くこの動機は何なんだろう。 きっと、落下のショックでビックリしているだけであって、こんな魚になんてドキドキしてない。 絶対に、違うから。 前へ |次へ |
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