《MUMEI》

 釣糸と餌の駄菓子を無理矢理、卓に託す。
 光基が向かった先は、純喫茶夜間飛行である。
 扉の前で躊躇しつつ、観念して開けた店内から、何か作業していた若い男の声が上がる。
 客は一人もいなかった。
 従業員の男は光基より年上に見えたが、短い髪のあちこちを細かく立てて固めていて、針鼠のようになっている。
 まだ高校生ではないだろうか。顔は整っている。
 やっぱり。
 やっぱりって、何。
 一人突っ込みを胸中で行っていると、遅れて声が上がる。
「いらっしゃい。好きな席に座って」
 カウンター席の内側に、周囲を煌めきが乱舞している背徳の美少年というべき形態の男がいた。
「いえ、深見事務所の者なんですが」
「何だ。つまんね。隆也、来ないの?」
 ぞんざいな口振りが、幻惑される見た目との格差を生んでいる。
 噂の店主だろう。
「木山。二階に行って、緑色した筋入りの薄紙に包んであるもの、持って来てくれ」
 やる気のなさそうな返事をして、針鼠男が出ていくと、まぁ座れよと促される。
 博田が来なかった理由や、光基の名前、年齢、学校など様々、質問された。
 何でも好きなものを出すよと言われたが、仕事中だからと固辞する。
 気持ちとしては、腰を落ち着けたくない。
 できれば、噂の真相は追究したくなかった。
 なぜだか知らないが、頭の先から足の爪先まで、舐めるように検分されているような気がして、仕方がないのだ。
 荷物を受け取るや否や、男爵から逃げるように出てきたのだった。

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