《MUMEI》

虎ノ介は舞踏のトランス状態の中でも、
飛来する矢と一体化した、兵士の殺気を感じた。
そちらを見もせずに、鞘のままの剣で
飛来して来た矢を二三本はたき落とす。

だが―(駄目だ。まだシールドは完全では無い・・・・)
一抹の危惧が脳裡をよぎる。

案の定、次の瞬間ベシャッとゆう濡れ
雑巾を地に叩きつけるような音がして、矢に刺された踊り娘が、二三人声も無く倒れる。
詠唱部隊の中にも矢の直撃を急所に受けて、倒れる者がいた。
パタリパタリと次々に人が倒れていく中、普通ならば動揺が広がるであろう状況の中で、コトシロヌシの宣言どおり死を怖れぬ者のごとく、アラハバキ族の歌と舞踏は止まらない。


我らは大地に種を撒く
幾千幾万の 苗を枯らす者いるならば
幾千幾万の 種を育てよう
そしていつか大地を花で満たさん
そしていつか大地を花で満たさん


小高い丘の上で影絵のように動かず、
様子を見ていた馬影の中から、群れを離れたひとつが素早く小丘を駆け下ると、兵士達の間を走り抜けた。
と見るや、弓を射ていたらしい兵士の頭が、二つ三つたちまち宙を舞う。
馬影はそのまま小丘の上に駆け戻る。
思わぬ成り行きに茫然とする大和側の
兵士達に向けて、馬上の若者が叫んだ。
「無粋者どもめ!早駆けするなー!」
白面の美貌に点々と血の痕を付けた声の主は、意外にもジンムであった。
「ちっ!」ヨモツがフードの影で、人知れず舌打ちを漏らすのに、気づいた者は無かった。
ジンムが叫ぶ。
「大和の民にも文化はあるぞ!歌も踊りもな!」
さすがに変わり身が早いと言うべきか、すぐにヨモツもジンムに迎合して叫ぶ。
「ジンム様の仰せのとおりだ!皆、歌え!踊れ!アラハバキの蛮族どもに
大和の文化を見せてやるのだー!」

オオーー!!!

地鳴りのごとき叫びが上がると、たちまち矛の柄で、足で、大地を踏み鳴らす者、あるいは長弓の弦を弾き鳴らす者、木製の楯に鉄剣を打ち付ける者など、数十万の軍勢の発する音が、大地と大気を震わせる。
これから生死を賭けて戦う者同士が、この場だけはその事実を忘れたかのように、祭りの狂騒に没入していく。
生存、闘争、祈り、踊る。
それらはこの時代の人々にとって、不可分に結びついていた。
『祭り』が最高潮に達すると、踊り娘達は雨に濡れた肢体をうねらせ、眉間に
は苦悶とも恍惚ともつかない表情が浮かぶ。

ピカーー!ゴロゴローー!

あーーーー!!!!!

性の絶頂を迎えたように踊り娘達がのけぞる。
やがて全てが静寂に帰っていった。

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