《MUMEI》 7気がついたときには、隣のマンションの屋上に呆然と立っていた。 あれ、私……何、してたんだっけ。 数秒前の事をよく覚えておらず、ただただ純粋な驚きだけが頭に響く。 先程の出来事を反芻して、まさかと思い後ろを振り返った。 すると、いたわるような優しげな表情を浮かべた霊が、嬉しそうに見つめてきた。 もしかして…… 私……飛んだ…? 「凄いよ奈子。やれば出来るじゃないか」 満面の笑みを浮かべ、まるで拍手でもするかのように体とヒレをべちべち鳴らしながら、ひょいっと飛んでみせた。 「え……私…」 まだ夢覚めやらん状態で、状況が飲み込めないが…私、飛べた……? うろたえる私に、笑顔を見せた霊は、隣に移動して顔を覗きこんでくる。 「君自身の力であそこを越えてきたのさ」 ヒレが指す方向には、ぽっかりと開いた黒一色の闇が広がっていた。 その深い谷を見て、そっかと心の奥が安堵する。 「さぁ、そろそろ先に進もう。どうやら目標は停止している」 背後に広がる闇を見つめ続ける私の肩を、ぽんっと軽く叩いた。 よくやったね、と言うような優しさが肌を通して、体の芯に染み渡る。 進み始めた霊の背を追って、“一歩前進”する。 「君の覚悟、受け取った」 ぼそりと霊が囁いた。 それから、1時間半ほど屋根を伝って移動した。 まだ恐怖心が消えた訳ではないが、その度に母の事を思い出すと罪悪感のほうが勝る。 何より、この衣装…霊曰わく、lengthen suit(伸びるスーツ)は恐るべし運動力を生み出すのだ。 ちょっとした力で、ビル群を飛び越えそうな勢いで体が弾む。 しかも肌に張り付くようだが、締め付けられる窮屈感は皆無で、肌と一体化したように動きやすいのだ。 このスーツの恥ずかしさは否めないが、このスーツの性能には肯定せざるをえない。 そんなで苦戦しつつも、目的地を目指して進むと、一軒家が少なくなり最終的にはただっ広い田んぼが広がる、ド田舎に来てしまった。 霊によればかなり目標と接近しているとの事なのだが…… 「あ……これ、バイク? 何でこんなとこに……」 小さな茂みの前に、隠すように停められたバイクが目に入った。 なんとなく、このバイク見た事ある気も…とその程度に考えていたのだが。 「…もしかして」 霊はぽつりと、その小ぶりな唇から呟かれた囁きは、木々達のざわめきにかき消された。 そのあと、霊は険しい表情で茂みを睨んで「行くよ」と間を縫って入っていってしまった。 「えっ…ちょ、ちょっと待ってよ」 慌てて追いかけるが、伸びきって乾燥した竹が道を阻む。 手で掻き分けながら、必死に後を追うが流石に小回りの利く魚には勝てず。 少しずつ差が生まれ、霊に声をかけようとした時だった。 左右のたけやぶが失せ、急に広い平地に出た。 深夜ということもあり、よく周りは見えないが、淡い月明かりが幻想的な雰囲気を漂わせる。 「凄い……」 ここは田舎で大きな建物が無いせいか、星の一粒一粒が大きく瞬く。 景色に見とれた、瞬間だった。 「誰だ」 鋭く、低い男性の声が響いた。 ハッとして、声がした前方に顔を向ける。 先には、丁度暗闇で見えなかった死角から草を踏みながら歩いてくる男性と、 「ははぁ〜、もしやあの魔法少女か?」 ハキハキとした、まだ幼い声質で“浮きながら”男性の隣を移動する、小さな影。 間違いない、霊が言ってた同業者だろう。 その2人はザッザッと踏み鳴らして、こちらに前進してくる。 そして月明かりで顔が見えてきて……って…え? 「君達がリングを持ってるようだね。そのリング頂いていくよ」 霊が言い放つが、私はぽかーんと口を開けていた。 完全にその相手の顔が見え一一一 「何で理人さんがいるんですかぁぁ!?」 私のすっとんきょうな叫びが、尾を引いて反響した。 そう、その同業者とは隣人の、星蒔 理人さんであった。 前へ |次へ |
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