《MUMEI》

ハルの背中を見ていると、妙に不安な気持ちになった。

本当の命を賭けている訳では無いというのに。

「何よ、らしくない。これはゲームよ、早いもの勝ち!」

「待て!」

精一杯叫ぶが、ハルは振り向きもせずに踏み込んだ。すかさず俺も剣を抜く。すらりと伸びる真紅の細線は闇に煌めいた。

地を蹴り、天井に届く程に高く飛躍する。空中で地面向きにあった両足を、一回転の最中に天井側へと移す。

「ふっ。」

思わず息を吐き、全力で両足に力を込める

敵のがら空きの脳天に方向を定める。いまだ危険を察知していないそうな蛾は、全く気付かず、嫌々至近距離で闘うハルの相手をしている。

貰った――…。

そう確信したその時、蛾の微振動が一瞬停止した。そして、蛾は片目をギョロっと気味悪く俺側に動かした。今までのこいつの動きからは想像出来ない素早さだ。


本能は逃げろと抵抗していた。

反応は遅れていた。

右手の剣には力も込もっていなかった。


が、痛みもなかった。


「うっ……あぁあ…………!」

目の前には、突如現れた真紅の影。

真紅の影からは、また違う、生々しい赤が雫として漏れだした。


「うわああぁぁああぁぁ!」


その赤を微かに浴びた俺は、堕ちていく無言の影に叫び掛けていた。

必死に体の軌道を変え、ハルを追いかける形で猛スピードで床へ落下する。


「くそ…ハル……!」


俺の頭は漸く理解した。あと少し早ければ。

ハルから流れ出て止まらない浮遊する赤い液体。これは、恐らく現実世界でいう、いわゆる血液だ。

しかしミリオンヘイムオンラインは、基本グロテスクを目指して創られていないので、本来ならば血は出ない設定だ。

はずだった。

それが、今、攻撃を派手目に受けたハルは意識がぶっ飛び、血が止まらないと言った具合だ。

これは悪夢。そうな涙ぐみながら、真剣に手をある型へ滑らせた。眼前に左手を中指、薬指だけ残し折り曲げ、目を閉じて魔力を指先に収束していく。

「スキル発動。コード:フィリゴルト!」

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