《MUMEI》
5日前
 この日はひどい雨に見舞われていた
このどしゃ降りの中彼女を歩かせる訳には、と
歩き進める事を断念し、1日ホテルで過ごす事に
こんな日も、偶にはいいね
ベッドの上で身を転がしながら彼女は笑みを浮かべる
確かにそうだと自身も肩を揺らし、彼女の横へと寝転べば
彼女が自身の髪に手を触れさせてくる
「……どした?」
掻き乱すように何度も触れてくるそれに
僅かにくすぐったさを覚え、問うてみる
彼女はすぐに答える事はせず、暫く後何となく触れたくなったのだと返してきた
やはり不安なのだろう
日を追うごとに音を立て壊れていく世界
自分の記憶にある筈のものがその姿を失っていく様を見るのは
「今は、見るな」
自身の髪に触れてくる彼女の手を取り引き寄せてやり
胸元に彼女の頭を抱き込んでやる
トクトクと規則正しく脈打つ心臓の音
ただそれだけの事で彼女は安心してくれた様で
全身から力が抜けていったのが知れた
聞こえてくる寝息
穏やかに寝に行ってくれたと肩を揺らし。自分は静かにベッドから降りる
重苦しいカーテンが窓の近くまで行き、わずかに開いてみれば
崩れ始めているその景色が見える
「……もうこの辺りもやばいか」
窓を開けずとも聞こえてくる世界が軋む音
この音から逃げたいと彼女の手を問った筈なのに
結局、自分は何をしてやることも出来ていないのだ
だが、生きたいと願う。ここにありたいと望むのは
往生際が悪すぎるのだろうか
そんな事を一人考え込んでしまっていると
不意に背後からふわり毛布が掛けられた
「……悪い。起こしたか?」
抱きしめてくれる腕を抱き返してやれば彼女は首を振る
優れない表情
常に付き纏う不安に押し潰されそうになりながら
それでも自分の傍らに在ってくれる
その存在を確かめるため若干強くその身体を抱き返していた
大丈夫、まだ自分は何も失ってはいない
彼女の肩口に顔を埋め、まだこの身体を手放さずともいいのだと
自分に言い聞かせて居たのだった……

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