《MUMEI》

「夏でしたよ。あれが出たのは」
 あれとは、例の登場人物云々のことなのか。
 店内に人がいた様子はなかった。先程、感じた気配は何だったのだろう。
「店を閉めていたのは、探していたからですよ」
 言い訳するように水杜が話し始めて、何を、と春歌が口を挟む。
「加納咲良、もう一人の従業員です」
「失踪したの? 彼女」
 水杜は頷いておいて、一つしかない窓を開けに行くと、店内の淀んだ空気の入れ換えを行った。
 フランス窓のようになっていて、小さなベランダがあるおかげで、雨は意外と降り込まないようだ。
 小降りになった所為もあるだろう。
 ある程度で、元通りに窓を閉める水杜を見ながら、代わって博田が事情を話し出す。
 加納咲良が姿を消したのは、古本屋店主が湯治に出かけた日の夜だった。
 閉店間際になっても一人の客が残っていたという。
 咲良に任せ水杜は、建物の屋上に設置してあるプレハブ倉庫で作業していた。
 いい加減に帰ろうと、店内に戻ったときには、もう、客も咲良もいなかった。
 閉店作業はほぼ終了しており、単純に先に帰ったのだと思っていた。
 ところが次の日、彼女は出勤して来なかったのである。
 通常、閑古鳥が鳴く店は一人で営業可能なので、放っておいたら、一週間以上も音沙汰がない。
 咲良は地方出身で、学生の独り暮らしであった。
 水杜は彼女の住んでいる部屋を知らず、携帯端末も繋がらない。
 個人情報を知っているはずの店主が不在のまま、八方塞がり状態となり、彼は頭を抱えることとなる。

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