《MUMEI》
1 癖
夕焼け特有の橙色に照らされ、長く色濃い影を作り出している。
廊下には人気が無く、閑散とした沈黙が流れている。



「付き合ってください!!」


とある一角の教室から、沈黙を破って廊下まで反響する叫びが響き渡る。
じぃぃん、と鼓膜を破らんばかりの大声に思わず顔をしかめ…そうになる。


気合いが入ってるのは分かるが、もう少し音量調節ぐらい出来ないのか…

舌打ちしそうになるのをぐっとこらえているとすかさず追い討ちをかけてくる。




「ずっと前から、上総君の事が好きでした!!」

勢いよく頭を垂れ、つむじの遅れ毛が見える程深く腰を折る、目の前の少女。


ずっと前からだって? 嘘吐け。
最近知り合った、というか会話と呼べる会話をしたのはつい最近の事だ。


彼女は、夏川 紗季。

同じ学校の、同じ学年の、
同じクラスの、同じ学級委員。

俺と彼女の繋がりを表す言葉はそれぐらいだ。
もう少し思案すれば出てくるかもしれないが、そんなことを考える時間も無駄に等しい。


だって、俺はこの人物に一片の情も抱いていないのだから。



「……ごめん」

上記の理由により、俺は言葉を発す。
夏川が顔を上げる。


「……俺、夏川さんの事、友達として見てるし…誰とも付き合う気分じゃないんだ」

勿論、嘘である。
今年になり、この台詞を言うのは数え切れない程口にした。


その言葉を聞いた夏川は、今にも泣き出しそうな顔で唇を噛んでいたが、やがて微笑みに変わる。



「……そっか」
「本当、ごめん」
「えっ、ううんいいのいいの。別に嫌わてる訳じゃないってのは分かったし…」


もう一度、ごめんと小さく謝る。
このとき、表情は暗く、目線は下げるのがポイントである。

いかにも申し訳ないオーラを出すと、夏川は慌てたように手を振り、


「…じゃ、じゃあ今日のことは忘れて。でも……またこれからも普通に接して……?」



即答で嫌だと答えそうになってから、喉の奥で飲み込むと、ゆっくり笑う。




「もちろんだよ」




一一一これが、俺の癖だ。

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