《MUMEI》
8
今まで寝静まっていた鳥が、私の絶叫で慌てて飛んでゆく。
ばさりと羽ばたきの音が連なる中、ゴシゴシと目をこすってみた。


しかし、数メートル先の見知った顔は消える訳もなく、同様に驚愕の表情を浮かべていた。

「なっ、なな…なんで鈴白さんが…!?」

「そ、それはこっちの台詞ですよ…」


さっきまでの張り詰めた空気が一気に消え失せ、月の下、ぽかーんとした顔で見つめ合う男女の図が出来てしまう。



「ちょっ、ちょちょ霊っ」
「なんだい」
視線は離さず、手振りで霊に問う。

「何で魔法“少女”なのに理人さんがいるの!?」


少女、というのは性別が女性である事を指すのであって、理人さんはどっからどう見ても完全男だ。

「少女だから女性しかいないという考えは間違いだ。正しくは神遣いと契約した人間は、男性であろうと“魔法少女”なんだ」

へぇ〜そうなんだ〜……って納得出来るわけない!!

「超めんどくせぇ!!なんで魔法少女にしたの!?魔法使いとか言い方が…」

「君にはまず魔法少女誕生から話さないといけないみたいだね。昔むかし、あるところに一人の少女が」

「い、今はそんなのどうでもいい!! ボケなくていいから!!」

「駄目だ、ちゃんと聞くんだ。その一人の少女はだね…」


「う、うるさぁぁぁぁぁぁい!!」


少年の怒声が会話を断ち切った。
目をぱちくりしながら、声のほうに視線を向けると、ふくろうが羽も動かさず浮いていた。


「にゃーッ!!飛んでないのに浮いてる!!」
「今更驚くなよ!! お前の隣にいる奴も浮いてるだろうが!」

おお、見事な突っ込み。ということはこいつも神遣いなんだろう。
と感心していると、ふくろうはハッとしてこほんと咳払いする。


「よう、霊。お前も変わらないな」
「隼斗こそ、チビなのは相変わらず」

よよよ余計お世話じゃい!!と突っ込みを入れる、隼斗というふくろうと、霊は知り合いらしい。


再びわざとらしい咳をして、知的な表情をしてこちらを見据える瞳には、真剣みが帯びる。


「じゃあお前達が接近してた魔法少女なんだな?」

キロッ、と黄金の目が無機質に私を見る。
そうか、私はその為にここに…とドキッとする。


「ああ、そうさ。見た限り1個しか持ってないようだが貰っていくよ」

霊が挑発的に発言し、隼斗が何だと!?と威厳を崩してプンスカ怒り出す。


「……鈴白さん」

ふいに、さっきから沈黙していた理人さんがぽつりと喋り出す。


「…いつから……契約を?」
「……昨日ですけど」


昨日!?と、隼斗が反応する。

「ぶはははは!昨日契約したばっかりのドシロートか!! だから移動も遅かったのか!」


こらえられない、とばかりに腹を抱えて笑い出す隼斗。


「理人、これは案外楽に2個目がゲット出来るぞ」


ぎゃはは、と嬉しそうに羽で理人の肩をべしし叩く。どうやら私を新人と知り、余裕とばかり思ってるのだろう。

一方理人さんは浮かない顔で、曖昧に頷いて視線を動かしていたが、私を見るなりあからさまに顔を背けた。


「ルーキーと知ったらこっちのもんだ。理人!、さっさと貰って次行こうぜ」

ばさっ、と隼斗が羽ばたきをして、理人さんの肩に乗る。
何だと身構えると、理人さんはまだ何か戸惑うような素振りをしたが、やがて低く腰を落とした。


そして、そのまま手で見えない物を掴むように両手を組み始めた。
まるで、細長い棒を掴むような一一

警戒して目を細めながら見ていると、


「《星屑の環刃》解除」

隼斗が余裕を湛えた声音で、ゆっくりと聞こえよがしに発音する。


すると、淡い月明かりが塗り潰される程のまばゆい漆黒の深い深い光が、理人さんの両手から溢れ出す。

反射的に目を瞑りながら、記憶を反芻する。
この光一一私がこのスーツになったときの光と似てる!!



徐々に光が弱まった所で、薄ら瞼を開ける。

まだ微かに残った漆黒の光の残滓が見て取れたが驚くべき点はそこではない。


理人さんの両手の、何もなかった空間に闇を模したような大型の“剣”が握られていた。


その時の、隼斗の自信に溢れた顔を私は見逃さなかった。

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