《MUMEI》

「どうして、誰にも相談しなかったの」
「店長がいないから、さぼってるんだと思ってたんですよ」
 責めるような春歌の口調に、水杜は渋い顔をする。
 お手上げだというように、肩を竦めると首を左右に振った。
 失踪の詳しい日付を問い質すと、二週間程、経ってしまっている。
「加宮さんが話してくれましたよね。本の中から出ることが可能なら、外から入ることも可能なんじゃないかって」
 偶然だろうか。
 確か、博田が受けた捜索依頼の女性も、二週間前に姿を消したのではなかったか。
「対象は、キチキチ堂の常連だったみたいだね」
 深見事務所の所員は、調査するものを対象と呼ぶ。
 光基は博田を見た。
 依頼人の立花の自宅に、件の緑色の筋入り薄紙があるのを見つけたと彼は言う。
 古書を包むのに使用することは、あまりないのではないだろうか。
 立花に写真を借りた博田は、顔の確認のため、古本屋へやって来た訳である。
 対象と女従業員が同一人物だったのでは? 
 と一瞬でも考えた自分が少々、恥ずかしい。
「水杜くんに見てもらったら、よく見る顔だって。二週間前、閉店間際にいた客っての、対象だったんじゃないかな」
 緊張感のない口調で博田が、棚に収まっている古書を見回す。
 水杜は、店内の古書を調べていた。
 対象に巻き込まれて、女従業員も本の中に姿をくらましたのだと、二人共、考えているのだ。
 春歌にいたっては、犬までも。
 失踪事件が奇妙に、同じ時同じ場所で、本当に連なってしまっているというのだろうか。

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