《MUMEI》

「隆也が言うんじゃ、しょうがないんじゃない?」
 飛躍した非論理的な推論を、最初に唱えたのは春歌だった。
 お遊びの議論だと、光基はあまり本気にしていなかった。
 特異点という言葉が出てきた意味を、今、理解する。
 数理としての接点。交わらない点。
 視力は悪くないのに、普段、博田は眼鏡やサングラスをかけている。
 彼は見えないものを見る男であった。
 何かが出ると言われて、光基がすぐに幽霊を想像してしまった所以だ。
「だからって、どうやって探せって言うんだよ」
 大量の古書の中。
 膨大な数の途方のなさに思わず、後退る。
 背後にあったレジ台にぶつかった弾みで、積み上げてあった古書の山を崩してしまった。
 床に落とした数冊を拾い上げ、台の下にもう一冊、ページが開いたまま、落ちているのに気がつく。
 自費出版のような、薄くて簡単な綴りの小冊子であった。ページの文章が目に入る。
「『ねぇ。もし、あたしがいなくなったとしたら。どうする?』…‥」
 光基は何気なく声に出して、一文を読み上げていた。
 風が吹いてページを繰っていくので、窓の方に視線を向けると、閉まっている。
 確かに、水杜が閉じたのだ。
「嘘だろ」
 古書に視線を戻した途端、風が巻き上がった。
 本の開いたページから突風が吹き上がったのだ。
 否、吹き出しているのではなかった。吸い込んでいるのだ。

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