《MUMEI》
苦手意識。
「ちょうどお肉の値下げの時間なんです。喜んでいただけて良かったです」

小さくガッツポーズをし続けるアキを横目に、飯嶋さんはわたしを向いてそう告げる。


微笑みながら。



「いえ、でも買いませんし」

そう云ってわたしはアキが持つカゴから牛肉を取り上げる。

「ちょっと…!なんで返すんだよ!」

「アキ、わたしはこれを買うなんて一言も云ってないよ」


二人の温度差が精肉コーナーを渦巻く。


アキの綺麗な顔がみるみる赤くなっていく。

多分もうすぐ泣き出すのだろう。


そんな顔は見たくないはずなのに、あの時のわたしはとにかくイラついていてそれどころじゃなかったんだ。



「お気持ちはありがたいのですが、アキにはもっとちゃんとした食生活を送ってもらおうと考えて買い物をしていますので」

飯嶋さんに牛肉を手渡しながら、わたしは極力失礼にならない言葉を選ぶ。


「なんなのっ!?たまに贅沢したいって思っただけなのに…!」


その『贅沢』は、アキの誕生日まで取っておきたかった。



…この場で云えるはずもないけど。




「アキ、もう一回云うよ。チキンガーリックステーキならOK。それじゃダメ?」

諭すように説明するわたしに気圧されたのか、諦めたように項垂れて、首をこくんとおろすアキ。



「美味しく作るから、ね」


小さく「わかった」と云い、アキが顔を上げる。


まだほんのり頬は紅潮してるけど、落ち着き始めてるようで安心する。



「じゃあ、その鶏肉もお安くしときますね!」



分かった。


この人はわたしたちのパーソナルスペースに踏み込んでくる。

だから、防衛本能が働いてしまうのだ、と。

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