《MUMEI》

 従業員女子は相変わらず腕組みのまま、そっぽを向いて、全く説得になってないからとかなんとか呟いている。
 彼女も貧乏くじを引いた一人だろう。要因があったとしても、巻き込まれて気の毒だったとしか言いようがない。
「帰ろうよ」
 光基の言葉に二人ともが頷いたように見えた。
 周囲が徐々に輝く光に包まれる。濃密な気配の渦が薄れて、何もない景色に溶け込むよう見えなくなっていく。
 ふいに気がつくと、視線の先で、水杜が目を白黒させている誰かを抱きしめていた。
「何だ。お前ら、暑苦しいな」
 揶揄の声に振り向くと、髭面の中年男が荷物片手に、店内に入ってくるところであった。
 慌てて離れた水杜に、お土産、と髭面男が老舗最中と書かれた包みを渡す。
「古本屋の店長だよ。全く、はた迷惑だ」
 横目で様子を眺めていた眼鏡のない博田が、手にした小冊子を閉じるところであった。
「お疲れ」
 光基の頭に手をのせて掻き回す。悔しいかな、博田は頭一つ分、優に背が高いのだ。
 対象の姿がなく、戻ってきたのかと聞く。
 彼女は脱兎の如く、古本屋から駆け出して行った、と春歌が呆れたように教えてくれた。
 やはり、束の間、別次元に行っていたのは自分だけだったらしい。
 博田が春歌の腕を掴み、水杜もろとも引き寄せたのを見た気がしていたのだ。
 陰謀に違いない。

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