《MUMEI》

「モンテスキューちゃんは、いなかったの?」
「…‥忘れてた」
「振り出しか…‥」
 光基の間抜けな答えに、がっくりと、春歌が肩を落として歩き出す。
 博田がシャツのポケットに差してあった眼鏡をかけて、彼女の後に続いた。
 古本屋を出て、一階まで下りた春歌は、いきなり純喫茶の扉を開けた。
「嗚呼っっ」
 途端に叫ぶ。
 ミニチュアダックスフンド、女の子、生後約半年、黒茶の毛並みで麿眉、お腹に禿げあり、首輪なし、までを一息で、対象の特徴が捲くし立てられる。
 春歌の声に反応したのか、一声吠えたのが聞こえる。
 店内を覗き込むと、黒茶色の塊を膝にのせた超美少女が、カウンター席に座っていた。
「げっ」
 思わず声をもらした光基は、口を押さえる。
 私立三千香高校の制服を着ていて、おまけに煙草なんかをくわえてしまっている女子高校生とは、顔見知りであった。
 春歌が近寄って腹部の禿げの存在を確認して、へたり込んだのを、犬の腹を見せている彼女が興味津々と面白そうに眺める。
「悪い、春歌さん。うちの妹が黙って二階で勝手に、餌やってて」
 春歌の端末が繋がらなかったため、深見所長には連絡しておいたとのことである。
 女子高校生は数奇屋千歳といい、数奇屋男爵の少し年の離れた妹であった。
 学校内では色々と有名人で、光基の同級生である。

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