《MUMEI》

 千歳はモンテスキューを春歌に手渡すと、煙草の巻紙を剥がし始める。
「食い物の持ち込み禁止」
 光基が煙草だと思っていたものは、シガレットチョコレートであった。
「それって限りなく理不尽じゃね。煙草はいいわけでしょう」
 男爵の純喫茶店主らしい突っ込みに、千歳が独自の理論で対抗している。
「馬鹿野郎、高校生は煙草も駄目なんだよ」
 不毛な口喧嘩が始まってしまった。
 兄妹の仲裁をするアルバイトの針鼠男に、三人と一匹は、店外に押し出されてしまう。
 モンテスキューの依頼人に連絡を取り、先に事務所に戻っていく春歌を見送った後。
 博田が、こちらは本物の煙草を一本取り出して、火をつけた。
「今回の教訓って何だろう」
 煙を吐き出す男に聞いてみる。
「灯台下暗し?」
 身も蓋もないし、博田にだけは言われたくない気がする。
 結局、今回も失踪者の気持ちは理解できなかった。
 まぁ、当人たちがわかっていれば、わかる必要はないのだということは、何となくわかった気はする。
 純喫茶の様子を窺って、奮闘しているアルバイトの針鼠男へ密かに頑張れよと、声援を送る。
 俺も、もう少し頑張ろう。
 光基は、雨の上がった空を見上げて、そう思った。


       終幕

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