《MUMEI》
騒ぎの原因
「あの、津山さん?」

羽田はいつまでも考え込んでいる凜に遠慮がちに声をかけた。

「はい?」

「手、退けてもいいかしら?」

 羽田の手は凜が考えている間中、テラの体に乗せられていた。

「ああ、はい」

凜が頷くのを確認して、羽田はそっと手を退けた。
すると、テラの体はスッと見えなくなった。

「やっぱり、触れていないと見えないみたい」

 残念そうに言う羽田を見つめ、凜はおもむろにベッドの上に手を延ばした。
そして何かを揺らすように手を動かした。

「ほら、テラ。起きて」

凜はそう言うと両手で、おそらくテラをすくい上げ、その腕を羽田の方へ近づけた。

「先生、テラに向かって何か言ってみてください」

「え?」

「なんでもいいです。名前を呼ぶだけでも」

「名前って……テラ?」

羽田が戸惑いがちに言うと、凜は「やっぱり」と呟いた。

「え、何がやっぱり?」

凜の行動の意味がさっぱりわからない羽田は、ただ戸惑うばかりである。

「テラには先生のことが見えてるみたいです」

「…え、と、つまり?」

「つまりテラはわたしと同じ」

凜はそう言うと手をベッドの上に乗せた。
テラを降ろしているのだろう。

「同じ?」

「わたしには二つの世界が見える。そしてわたしが触れている相手は、わたしと同じ世界を見ることができる。同じように、テラは二つの世界を見ることができ、テラに触れた人はその間だけ、テラと同じ世界を見ることができる」

「……津山さんは、たしかこっちの世界の人には幽霊みたいに見えるんだっけ?」

「はい」

「じゃあ、もしかしてテラも?」

「みたいですね。昨日も、見えてた人がいたみたいですし」

「昨日も?」

羽田は昨日のことを思い出した。

「あ!あの子が見たのって、テラだったの?」

 羽田が凜の秘密を知ろうとするきっかけになったあの騒ぎで、変なものが見えたと言っていたあの生徒のことだ。

「そう。あの時、テラがやけにはしゃいで走り回ってて、それがあの人に見えてしまったようです」

「そ、そうなんだ」

思いがけず、騒ぎの原因がわかってしまった。
羽田の頭に教頭の顔が浮かぶ。
そしてすぐに首を振った。
とてもじゃないが、報告できるような話じゃない。

「先生?」

 凜は不思議そうに羽田を見つめている。

「あ、別に、なんでもないの」

「そうですか」

凜はそう言いながら、視線をドアに移した。

「レッカが戻ってきたみたいです」

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