《MUMEI》
11
不規則に重ねられた金属板。
その金属板の繋ぎ目、つまり関節部分の溝に漆黒の刃が食い込んでいた。


振り下ろされたスピードは、殆ど目では追いきれなかった。
しかし、“音は聞こえた”。


空気を切り裂く、鋭い音。
だから無意識に、私は腕を伸ばした。恐らく着地点であろう場所に。

だが、こんな隙間で、大質量の刃を本当に受け止めるなんて……自分でも驚愕を隠せない。


理人さんもその密着した刃と爪を目を見開き、凝視していた。
固く結ばれていた唇が、ありえないと無声音を漏らした。


理人さんはそのまま押し込もうと体重をかけてきた。
しかし私は、その力む隙に腕を左側に倒す。
このまま引っ掛けたまま、力任せに剣を破損出来ないかと思ったが、予想以上に硬質で逆に自分の腕がもげそうだ。


理人さんはそれを見て、慌てたように剣を引き抜いた。
そのまま高く跳躍し、5m程の距離を取った。

身をかがめ、手をつきながら着地すると、表情にはあからさまな焦燥が浮かんでいた。


「……どうして」

その問いには、沢山の意味が込められているように思えた。


どうして魔法少女になった?



夜空を思わせる揺れた瞳が、不可解そうに私の顔を見た。

「……どうして、か。……どうなんだろうね」


口を出た言葉はあまりにも文脈として成立しておらず、理人さんが眉をひそめる。



揺れる蝋燭のような、淡くて今にも消えそうな思い。


「私、母を見殺しにしたの」

ドクン、と心臓が跳ねる。

「あの時。本当に守ろうとしていれば、自分よりも大切な存在に気付けていれば一一!!」



「そもそも私が生まれて来なかったら!!」

こんなに、母が死ぬ事も、苦しみを抱えて生きる事もなかったのに。


「何で私は生きてるの? 人を殺して私はのうのうと生きてるの!?」

とめどなく溢れる、自分に秘めて来た感
情。

「私なんて、生きる意味も理由も資格も無いのに!!」


いつの間にか視界はぐにゃりと歪んでいて、私泣いてると今更自覚する。

「何で私が生きてなきゃいけないの…っ! こんなことなら、命なんて要らなかった!!」



「違う」

静けさのなかに、凛と張った声がやけに響いた。


「君は、自分が守ってやれなかったとそう自分を責めてるんだね」

ぐちゃぐちゃになった顔をあげると、初めて見る穏やかさと清謐さを讃えた表情で霊が微笑んだ。


「もし奈子が母を守り、君と母が逆の立場になったとして…君の母親は喜ぶのか?」

「そ…んなの……」

「喜ぶ訳ないじゃないか。きっと母親も自分を責めるだろう。『何で私が守ってあげられなかった。私が見捨てたんだ』って」

「何で…!?お母さんは悪くないの!! 私が全部悪いのに一一一」


「そこなんだよ。君がお母さんを悪くないと思うように、君の母も『君は悪くない』って思ってるんだ」


一一一え?

「逆に言うと、母親は君を守れて安堵している。『無事でよかった。でも一人にしちゃってごめんね。奈子は強い子だから、頑張っていけるよね。そんなに自分を責めずに強く生きて』」




『私は、遠くで見てるから』

ほんの近くで、その声を聞いたような気がした。
郷愁が胸に広がり、体中に染み渡る。

お母さん。と心で呼んだ。




返事はなかった。
それでも、心は軽くなった気がした。


「さあ、立って。まだ君の“戦い”は終わってないよ」

ハッ、として目をしばたかせると目の前には深い闇が広がっていた。
その先には理人さんの姿もあり、まどろみから一気に引き起こされる。

もしかしたらすぐにも飛び込んでくるか、と身構えた瞬間だった。


理人さんは腰にある鞘に剣を収め、代わりに開いた右手で、ポケットを漁り始めた。

怪訝に思い注視していると、ふいに光るものを投げつけてきたので反射的に受け取る。


ずっしりと手に馴染む心地よい重量。まさかと思いつつ手を開く。

そこには淡い黒に発色する、例のリングだった。


「…え?」

「……やる。もう俺には不必要だから」

それだけ言うと、ザッと立ち去っていった。
私の両手に小さくて、大きい物を残して。

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