《MUMEI》

その摩起の顔が一瞬硬くなり、頬に血の色が差したのは机の間を縫って、
柴須佐男−しばすさお−が、こちらに歩いて来るのが見えたからだった。
摩起の脳裡に、ひと月ほど前の出来事がよぎった。

休み時間机から立ち上がると、相変わらず摩起の存在を無視したクラスメイトに突き飛ばされ、摩起は机の間に倒れてしまった。
「大丈夫?」
手を差し出してくれたのは、その二三日前に転校してきたばかりの柴須佐男だった。
何事も無かったように立ち去るクラスメイトを見て、
「ひでえな」
「私、透明人間だから・・・・」
自虐的に言う摩起に笑いかけ、
「な馬鹿な!このクラスの平均視力は、どうやら相当低いみたいだね。
0.00000001とか」
真面目腐った顔で喋る須佐男に、摩起は思わず吹き出していた。
それから何かにつけて庇−かばっ−ってくれるのは嬉しいが、どうやら柴須佐男自身も自分のせいで他のクラスメイトに目をつけられてしまったようで、・・・・一度他の男子生徒が屋上に呼び出したらしいが、おとなしい外見に似ず、どうやら手強い反撃をしてきたらしい須佐男に対して、今はいち目置いているようだった・・・・『いくら殴ろうとしても、マトリックスのキアヌ・リーヴスみたいに、ひょいひょい避けちまうの。あいつ、やべえよ』『ホーリーランドかよ』・・・・そんな話を聞くと、
申し訳なさと共に、最近は須佐男の姿を見るだけで、胸のときめきを覚える摩起であった。
今も近づいて来る須佐男を見て、摩起の胸の鼓動はドキンドキンと、痛いほどに高鳴っている。
他の生徒にどう思われようが今さら構わなかったが、好意を持つ須佐男にずぶ濡れの惨めな姿を見られるのは、思春期の少女にとっては、耐えられないものがあった。
それでも精いっぱいこわばってはいたが、笑顔を浮かべて
「お・・・・おはよう・・・・」
と挨拶をすると、須佐男は摩起の姿が見えていないかのように、スッとその傍らをすり抜けていった。


えっ・・・・?


須佐男は菊の花瓶の置かれた摩起の机の上をじっと見ると、微かに首を振り、
自分の机の方向へ歩いていく。
摩起は心の砕ける音を聞いた。

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