《MUMEI》
4
翌朝。



「あの人、生徒会長に立候補した瀬楽先輩じゃない?」
「まじで!?やばっ、超カッコイイ」
「由美、挨拶してみなよ」
「アンタがしてみてよ〜」

キャハハ、と斜め後ろから聞こえてくる女子生徒の会話。

決して盗み聞きしてる訳ではないが、不本意ながら耳に入ってきてしまう。
あからさまに耳を塞ぐ訳にもいかず、だからと言って話しかける理由もない。
何だかいたたまれない気持ちになり、早足で下駄箱に向かう。

急いで昇降口をくぐり、美しい木目の板の上で靴を履き替えようとしていると、


「いやーっ、今日も人気者だねえ次期生徒会長サマ?」


のっぺりとした、個性ない声が背中にかけられた。

視線が向かった先には、今まさに靴を履き替えているクラスメイトの男子が冷やかす視線を送ってきた。


面倒な奴に会っちゃったな…と苦い顔をしつつ一応笑顔を向け挨拶をしておく。
こいつは度々かんに障る言い方が多く、女子からは圧倒的不評を得ている、胡散臭い奴だ。


「おはよう。ていうかなんだよその口ぶり…まだ生徒会長って決まった訳じゃないよ」

「そりゃ失敬。でもさあ、もう決まったようなもんだよなあ」

面白そうにグシシ、とニヤニヤ笑いを隠そうともせず目が俺をねめつける。
しょうがなく、何が?とわざとらしく尋ねる。


「2ー5 瀬楽 上総。容姿成績運動神経性格、全てにおいて優秀で人望も厚く、多くの生徒から好かれている。今回の生徒会長選挙では、男女問わず多大な支持を受けており、結果は既に決まっているようなものである……学校新聞参照」


丸顔の男子生徒は、廊下のある方向を指差したので、無意識に目で追ってしまう。
その先には、大きなコルク板に留められた2人の顔写真があった。

その一番目立つ場所に、鮮やかに装飾された『平成24年度後期生徒会選挙 生徒会長立候補者』と長々と綴られている。

その下には2枚の顔写真が貼られており、一人目はお世辞にも雄々しいとは言い難く、ひょろりと細められた目には写真越しでも弱々しく感じられ、丸眼鏡の奥はやぼったい表情が見て取れる。

対して、その隣には少し長めの黒髪をきっちりと整えられている。清潔感がある柔和そうな貼り付けた笑みが俺に笑いかけた。

その顔は、間違いなく毎日見ている忌々しい自分の顔だ。


「すげえよな、生徒会長なんてさ。俺には真似出来ねえよ」


お前みたいな努力もしようという意志すら無い奴と一緒にするな。
喉まで出かかった罵声を、慌てて飲み込みごまかしに笑みを浮かべてみせる。


「……俺もいっぱいいっぱいだけど」

「やっぱ瀬楽がモテるのも頷けるよなあ。気取らねぇし優しいし」



一一一それは、“表”の俺。
“裏”……いや、“本当”の俺を知らないくせに、全てを知ったような口ぶりで話す。


本当、人間てつくづく愚かだな。
みんな、俺が作り上げた仮面に騙されて、踊らされてる。


「そういうの苦手なんだよ…」
やめてくれ、と顔の前で手を降り制止する。


「モテる男はツライね!!まあ頑張れ頑張れ」


また同じ台詞を言い、バンバンと肩を叩き、そのままどこかに歩き出していく。

ジンジン痺れる肩をさすりつつ、手加減しろよ!!と心の中で舌打ちするが聞こえる訳もなく、男子生徒は廊下の角で姿が消えた。


馬鹿を相手にしたときの疲労感が募り、無意識にため息が出た。
チラッと見上げると、相変わらずニコニコと笑い続ける自分の写真と目が合う。


その憎らしい表情に、今度こそ舌打ちが漏れる。


どうしたもんかな。
きっと、まだあの時の癖は変わらないようだ。

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