《MUMEI》

見知らぬビル。その大きさは東京都心部でも巨大であると言える程だ。自宅が東京である私でも、都心にまで足を運ぶのは少ない。

そんな事もあってか、その大きさに息を呑む。

「緊張しているのか、沙弥嬢。君の家も都会だろう。」


勘の良さ気な矢吹慶一郎は、ベンツから降りるとするりと私の腰に手を回した。

いや、回そうとした、が正しいか。

「やめて。私は兄に会えるから来たんだから。変態とお遊びをするために来たんじゃないの。」

笑顔を作る気もなく、腰に差し掛かった矢吹慶一郎の手を軽く叩く。

悪いが、このくらいの体格の男に負ける訳がないと自負している。

再度鋭く睨み付けると、矢吹慶一郎はオーバーリアクションをとって堪忍、といった様子だ。

「まぁまぁ。取り敢えず中に入ってくれ。五十八階には既に君専用のミリオンヘイムオンラインがセットされている。」


そう言ってやんわりと私の肩を押す。されるがままの状態でビルに入る。

正面には all select の文字がでかでかと掲げられている。

聞いた事のある会社名と広すぎるロビーに瞬きを繰り返すと、私の耳は隣からクスッと漏れた声を捕らえた。

「な、何。笑わないでよ。さあ、エレベーターは何処?」

「全く、せっかちなお嬢様だな。右手に見えているだろう?」


右斜め前を見ると普通にエレベーターが列なっていた。

自分でも分かってしまう程の赤面をどうしても見せたくなく、速足で一直線で向かう。

矢吹慶一郎よりも早く着くと、迷わず上方向の矢印ボタンを押す。

「では、着くまでに説明を始める。漏らさず聞いてくれ。」

先程の表情とは打って変わって真剣な横顔になる。私は音もなく頷いた。

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