《MUMEI》
5
どことなく気持ちが晴れないまま、白床の廊下を歩く。
既に8時過ぎということで、すれ違う生徒数も多い。

しかし俺が廊下を通ろうすると、生徒達が端によるなり、物珍しそうな視線を向けてくる。


耳を傾けると「あれが噂の…」とボソボソと囁き合っている。
相変わらずその視線は好きになれず、不愉快な気分だけが募る。

なるべく早く通り過ぎようと、歩調を早めるがなかなか人の波は収まらず、仕方なくあまり使われない北校舎側の廊下から回り道しようと階段へ向けて進路を変更。


人もほとんどいなくなり、日が当たらない裏階段を抜けた直後だった。


ドスッと胸に何かが衝突した。
思わぬ衝撃によろけたが、何とか踏みとどまる。


「ひゃあ!?」

それと同時に、小さな悲鳴。
まずい、死角のせいで相手の接近を察知出来ず、ぶつかってしまったらしい。

相手が持っていたと思われるプリント類が舞い上がって、ばさばさと落下する。

その中央に座り込む女子生徒が見えた。上履きの色からして、同学年だ。


「すみません、大丈夫ですか?」

まずは助け起こすのが最優先だと思い、ゆっくり手を差し伸べる。

すると女子生徒は、バッッ!!と俊敏な動きで俺の顔を多分見た。

何故多分なのかというと、その女子の目が見えないからだ。
前髪が長く伸び、鼻頭がかろうじて見えるぐらい、髪が顔の大部分を覆っている。

しかし驚く事に、後ろ髪は腰までの長さもあるが、しっかりと手入れされており艶やかに輝いている。
その黒髪は、規則正しい三つ編みが2本編まれ、背中に垂れている。


前と後ろ姿では全然印象が違うその少女一一そこで、ピンときた。


確か、同じクラスの……


「えっ、瀬楽くん…っ!?」
口元に手を当て、ずさっと後ずさる。


彼女は、荻乃 雪季。
彼女は、その容姿故、“前後別人”というあだ名がついていて、ある意味有名である。

ほとんど喋った事もないが、その容姿や無口なところ、そして友達がいないというのが既に皆の共通認識で、話しかける人はほぼゼロだろう。


「あうはわ…!!」
よく分からない悲鳴をあげ、口をあわあわさせながら荻乃さんは、更に後ずさりを続ける。


どうも混乱状態に陥っているようで、仕方なくプリント類を拾い集める。すぐに大きな束となったプリントと共に、もう一度手を差し伸べる。

すると、びくっと体を震わせソワソワと落ち着かなくしていたが、やがておずおずと手を触れさせてきた。

その意外にも柔らかな手を引っ張り上げる。
細身の体は、いとも簡単に起き上がってバッッとまたも高速で手を離される。

そのまま逃げるように振り返ろうとしたので、慌ててプリントの束を手渡す。

「あっ……あ、ありがとござ、ます…」


消え入るような声で呟くと、プリントをギュッと胸の前で抱く。

「ごめんね、怪我なかった?」

「へっ?え、あ…は、ふぁい…」

「そっか。それならよかった」

ニコッと微笑みを浮かべると、口元をプリントで隠しまたそわそわし始めた。

「えと、プリント…有難う御座いました……その…こ、此方こそ前が良く見えなくて…」

なんだ。普通に喋れるじゃんか。
ていうか前が見えないの前髪のせいだよな?見えないならその髪型やめればいいのに。

とか色々言いたいことがあったが、もう一度ニコリと笑みを浮かべた。

「いえ、どういたしまして」


俺の笑みに、更にプリントに顔を隠し、髪と紙で表情が全く見えなくなった。

しかし一瞬、その髪の毛の奥の瞳が、俺をしっかりと見たような気がした。

「え、えと………………。す、すみませでしたーっ!!」


急に大きな声を出したかと思うと、三つ編みが跳ね上がる程の勢いで頭を下げた。

すると、ばささささ!!とまたもやプリントが落ちる音。
2人の間に散らばる真っ白な紙。

「……」
「……」

しばし無言で見つめ合い…耐えきれず吹き出してしまった。
久しぶりに、素で笑った。

そのあと、笑いながらプリントと拾い集めて渡すと、彼女はちょっとだけ膨れていた。

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